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ある春の日に、編 3 ガタゴト愛しさを乗せて

 間が、硬いって、英次が言ってた。  拍手喝さい、ロングランが決定したこともあって最終幕が閉じると同時に観客席からは割れんばかりの拍手が舞台に降り注ぐ。  けど、俺は、英次が言っていたことを考えていた。  言われた時はよくわかんなかったけど、その言い方が一番しっくり来たんだ。  間が、硬かった。  なんていったらいいんだろう。間なのに、間になってないっつうか。単調なわけじゃないのに単調に感じる。一定間隔に台詞が置いてあるような感じ。それと、なんだろ。うーん、なんかさ、退屈って思った。ロングランになるような舞台に対してホント申し訳ないけど、なんでだろう。 「いやぁ、やっぱり素晴らしい舞台でしたね」 「……どーも」  うちの会社のチーフディレクターが九十九さんに挨拶をしてた。にっこり笑って、これからうちが関わる舞台のメイン演出家に失礼のないようにって。けど、向こうはすげぇ失礼な態度。 「さすが、ロングランになる舞台です」 「……」 「うちも全力で演出のほう頑張らせていただきますので」  ロングランになれる舞台だったか? とも思った。俺はそんなにって思っちゃったし。けど、舞台の演出がどうのとか、ロングランになれる舞台なのかとか、間がどうとか関係なくさ。  そんな態度の奴の舞台なんて、たいしたもんじゃねぇよって、思った。 「ねぇ、君は?」  自分勝手だろって。 「君だよ。君」 「!」  九十九さんがこっちを見て、指をさしてた。え? まさか、君って、俺のこと? って、今度は俺も自分自身を指差す。それがノロマに思えたのか、表情を険しくして。大きく頷いた。 「舞台、良かったなんて思ってないだろ?」 「!」 「なぁんにも知らないアシスタントのくせに。同世代で活躍してる俺が羨ましいんだろ? 妬ましくて、揚げ足ばっかりとろうとしてたんじゃないの?」 「なっ、俺はっ」 「舞台ひとつ、作ったことがないくせに」 「なっ、」  なんなんだよ。その態度は。大人に囲まれて、持ち上げられて、褒められて、えっらそうに仏頂面でさ。舞台、退屈だったよ。すげぇつまんなかった。なんだあれ。あれでなんでロングランとかなのか、ちっともわかんねぇ。  そう言いたかった。 「ふごっ」 「いやぁ、素晴らしい舞台でした。さすがです。とてもいい演出でした」  英次がいた。英次の大きな手が俺の口を覆い隠した。 「……あんた」  なんで、英次が。 「昔、うちの事務所に所属していた子が九十九さんの舞台に出させていただいてたもので。今日観劇にお邪魔したんですが、こちらの舞台裏に通してもらえたんですよ」 「……」 「良い舞台でした。ありがとうございます」  英次がにこやかに挨拶をして、そして、実はこれは甥っ子でしてって話した。今後、九十九さんの舞台に微力ながら携わるとのことで、「叔父として」挨拶をしないとって思ったって。叔父っていうフレーズを少しだけ強めにしながら言っていた。 「ったく、お前はっ」  舞台を見終わって、それで解散だった。俺だけ会社の人たちとは別々。英次と一緒に電車で帰ることになった。 「観劇、何かやらかすんじゃねぇだろうなって、心配して来てよかった」 「……や、やらかすって」 「……」  睨むことねぇじゃん。俺からやったわけじゃねぇし。 「向こうがなんかっ」 「あのな」 「だって、ずっとあんな仏頂面でさっ。口が悪くて態度もでかい英次でさえ、仕事ン時はちゃんと愛想笑いとかしてるじゃん。挨拶だってきちんとするし。 「あーのーなぁっ!」  仕事だから当たり前だろ、って英次が溜め息をついた。っていうか、その仕事でちゃんとできてないのは向こうだ。舞台だって、別に。 「こら、凪」  英次が今、何を考えたのかわかってるみたいに頭の上にポンって大きな掌を乗っけた。 「お前はまだまだぺーぺーだ」 「……」 「あそこで、あのビッグネームにたてついて文句を一つでも言ってみろ。仕事させてもらえなくなるぞ」  同じ演出畑の人間として他の演出をけなすべきじゃない。舞台は一人で作るわけじゃないんだ。九十九さん一人であの舞台を作ったわけじゃない。大勢のスタッフがいて、たくさんの時間とお金を使って、その舞台一つを作り上げている。  だから、その舞台をけなすということは、そこに関わったスタッフ全員をけなすことになる。もしかしたら、こっから先、どこかで、そのスタッフの誰かと一緒に仕事をすることになるかもしれない。 「……ごめん、なさい」 「ちゃんと反省したか?」 「……うん。した」 「……」  小さい頃、英次によく叱られたっけ。怒られるとさ、なんか萎縮すんじゃん。あぁ怒られちゃったってテンションがダダ下がりっつうか。ダメージ食らうっつうか。その後、しょんぼりするっつうか。 「ったく、ホント、わかったか?」 「っ! わ、わかってるよっ!」  でも、英次はしょんぼりしかけて俯きそうになる俺の鼻先を指で、ピン!って弾くんだ。痛くないよ。ちっとも痛くない。  けど、俯くのやめる自分がいる。しょぼくれないし、テンションは下がらない。英次の怒り方はそんな感じなんだ。 「さてと……夕飯何にすっか」  ね、そんなの。惚れないわけないよ。 「俺が作る!」 「おー、そんじゃあ楽しみにしとくか」 「うん。って、あれ? 九十九さんの舞台って、英次が育てたタレントさんいたっけ?」 「……」 「いた?」  俺、全員覚えてるよ。皆のこと。だからいたら気がついてた。芸名変えたとか? でも、見知った顔もなかった気がしたんだけど。 「英次?」 「……」  嘘、どんだけ下手なんだよ。ずっと隠し事はしてたくせに。俺のこと大好きだって、隠し事はしてたくせに。何、その、真っ赤になったすっとぼけ顔。 「えーいじ?」 「あー……」 「うん」 「し、仕方ねぇだろうが! 九十九がどういうキャラか知ってたんだから。心配にもなるだろうがっ、たく……まさか自分があんな小芝居までするなんて」  ぶつくさ呟く文句は電車のガタンゴトンっていう音に掻き消されちゃって良く聞こえなかった。  でも、俺のために舞台裏まで見に来てくれたことはわかって、すごく、すっごく。 「な、なんで笑ってんだ凪。俺はなぁ、別に」  すっごく愛おしいと思ったんだ。

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