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第4話 夢見心地

「けっこう早かったな。夕飯、作っておいてやろうかと思って、材料も買ってきたんだが」 「ど……」  英次はめちゃくちゃカッコいい。親父と兄弟のはずなのに、全然違う。ずっとずっと、英次のことが好きだった。色気のある大人の男。 「どちらさまですか?」 「……おい、凪。てめぇ、笑うの我慢してんだろっ!」 「ぎゃああ! ちょ、やめろよ! 髪がっ!」 「うっせぇよ! 人のことを笑った罰だ」  だって、笑うじゃんか。あの英次が、男の色気を漂わせて、女優さんも、モデルも英次に惚れちゃうのに、そんな英次が――。 「ったく」 「…………」  そんな英次が。 「……っぷ」 「って、めぇぇぇっ!」  めちゃくちゃすっきりさっぱり好青年みたいな髪型になってんだから。 「ぎゃあああ! あはははははは」 「ったく、これで、まぁ、まともになっただろ。あそこの散髪屋、あれで金取るのかよ」  洗面所の鏡に張り付いていた英次は戻ってくるなり、顔を赤くしながら、切りそろえられてしまった髪をどうにか自力でせっかくなんとか見れるようにしたのに。それを無造作にかき上げた。 「……っぷ」  ジロリ、って睨まれた。仕方ねぇじゃん。前髪ぱっつりっぽく切られた英次なんて見たら、笑わないほうがむずかしいだろ。あの英次が好青年に変身したのなんて、珍しくて面白くて、笑いがこみ上げ来るに決まってる。 「前の髪型。カッコよかったのに」 「バカ。あれで、就職活動できるかよ」  英次が髪を近所の散髪屋で切ってきた。いつもは超有名ヘアーサロンのトップスタイリストに切ってもらってるのに、そんな金あるかよって、うちから歩いて十五分の散髪屋でばっさりと。 「仕事、見つけんの?」  髪を切ってた。しかも、それがすっごい下手だったみたいで、帰って来た時の英次の顔とか思いっきり真正面から見た俺は笑いが止まらなくて。本人は髪のこともすっかり忘れて、夕飯の買い物を楽しんできたらしく、俺が笑ったのを見て思い出して、そんで怒ってた。 「見つけねぇといけないだろうが」  そのためにサラリーマンに見える髪形にした。 「いつまでも甥っ子の世話にはなれねぇからな」  いいのに。俺は、それでかまわないのに。そう言ったら、ここに遠慮なくいてくれたりしないかな。  ずっと、ここにいてくれたらいい。もう、あんなに日本全国飛び回って、海外にだって行ったりする仕事じゃなくてさ。ここにいてくれれば。 「お前だって、狭いだろ? 男ふたりじゃ。ここ、単身者用なんだから、いつまでもふたりでってわけにもいかねぇしな」  このマンションを借りる時、保証人になってくれて、手続きを全て、英次がやってくれた。単身者用で駅から近く。散髪屋は微妙だったかもしれないけど、コンビニ、スーパー、全部歩いて行ける範囲に揃ってるとこを探してくれたんだ。  両親をいっぺんになくした当時の俺にはそんな住まいのことまで考える余裕はないだろうからって。 「っつうか、俺がいたら、彼女のひとりも呼べねぇだろ。台所借りるぞ。夕飯、凪は何食いてぇ?」  英次の首筋が丸見えだった。いつもは長めの髪で隠れてて、親父もそうだし、俺もそう、似たような柔らかい髪がその首筋を隠してるのを見てドキドキしてたけど。なんか、その首筋がむき出しになってるのは、もっと、ドキドキする。  だから、思わず、台所って言えるほど立派じゃない流しへ歩いていく英次の服の裾を掴んでた。 「凪?」  自分で、今何をしたのか、何をしたくて、そんなとこを掴んだのかわかんなくて、慌てて下を向く。 「……いねぇし」 「え?」  だって、英次がいつもと違う。髪も違うし、服だって、スーツじゃない。ラフな格好。そんな格好の凪なんて大昔にしか見たことがなくて、心臓んとこが苦しくなる。 「彼女とか、いねぇ……」  興味ねぇよ。英次のことしか。 「ここにだって、誰も来たことねぇ」 「……凪」  英次のことだったら、服だって髪型だって、興味津々で知りたい。 「凪」 「だから、別に、そんなの、って! ちょ! なんだよっ、押すなよ! そこ!」 「肉、いっぱい食おうな。凪。あと、牛乳な」 「はっ?」  人のつむじを思いっきり押しやがって。痛いくらいにぐりぐりされて、ひとりで暴れてたら、ふと、つむじが開放された。そして、何かしら仕返しをしてやろうと思った俺を覗きこむ英次が泣き真似までして、俺のことをからかってる。 「牛乳飲めば、そのほっせぇ身体ももう少し骨太になんだろ。あと肉な。お前、野菜ばっか食べてんだろ? 野菜は身体にいいけど、お前くらいの歳にはなぁ」 「食ってるよ!」  ちゃんと食ってる。英次がでかいんだろ! 親父も英次もでかいけど、俺には母さんの血も混じってるからそこまででかくならないだけ。 「うっせぇよ! 人をまるで草食動物みたいにっ」 「綺麗だと思うぞ」 「…………ぇ?」  興味があるのも、ずっと見てたいのも英次だけ。 「でも、もう少し肉つけとけ。細すぎだろ」 「……」 「少し待ってろ。夕飯たんまり食わしてやるから」  英次の周りには綺麗な人がたんまりいる。モデルに女優。芸能関係の仕事をしてりゃ、いやでも美人とわんさか会う。その英次に綺麗って言われた、よな? 今、ごにょごにょしてたけど、たしかに「綺麗」って言ってもらった。 「おっ! 俺も手伝う!」 「そうか? んじゃ、お前はじゃがいもの皮剥きな」 「うん!」  やっばい。どうしよ。英次に綺麗って言ってもらった。マジで? マジで! すげぇ。どうしよ。俺、変な顔してなかったかな。顔、赤くなかった? あー、たぶん、赤いよな。英次とこうしていられて、今日一日大学でもなんかふわふわしてたくらい、今の俺はかなり浮かれてる。 「凪」 「! な、何? あ、ニンジンの皮も剥く? ……っ!」  心臓が破裂、するかと思った。 「……なんでもねぇよ」  だって、英次が俺の名前を呼んで、笑って、さっきごりごり押しまくったつむじ、頭のてっぺんを掌で撫でたりするから。  心臓が、破裂、しそうだった。

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