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第13話 つまりは、ピーマン

 知ってたんだ。英次はノンケだから、甥っ子の俺に好かれたって迷惑なだけなんだって。英次と親父は仲が良かった。年が離れた兄弟だからなのか、ひとりっこの俺にはわかんねぇけど。そんな大事な兄貴の子どもだから、俺のことも大事してくれてるんだって、無意識に小さい頃から認識してた。  無条件に俺は英次に大事にされてた。親父の子どもとして。甥っ子として大切にされてた。  俺は英次のことをめちゃくちゃカッコいいって思ってたし、憧れてたから、そんな人にいつも最優先で大切にされることに優越感すら覚えてた。  この好きが憧れよりも恋とか愛とかの意味での、好きって気がついてからは、その「甥っ子」としか見てもらえないことに、すごくじれったくなったけど。  今じゃもう、その単語が邪魔でしょうがない。 「ただい、……凪?」  あのさ、俺がこの前、伝えた「好き」はありがとうって言葉が欲しい好きじゃないんだ。 「おい、凪」 「さっき、駅前のとこ、コンビニで見た。英次が女の人と歩いてるの。もう、そっから三時間経ってる」  わかってる? わかってよ。俺が持ってる「好き」は欲情の「好き」だよ。 「今日、面接じゃなかった? デートしてたのかよ。あの女の人とさ」 「凪、おい、落ち着け」 「落ち着いてる。なぁ、三時間あったらさ、セックスできる? あの女の人として来たの?」  俺は英次とキスして、抱き合ってセックスしたいんだ。 「俺じゃ、無理?」  声が、震えた。だって、無理なの知ってて、無理? って訊くのなんて、自分から剣に向かって走ってくようなもんじゃん。すげぇ怖い。 「凪、とにかく」  心臓壊れる。英次のシャツ着て、中は素っ裸で、電気もつけてない部屋で帰ってくるのをずっと待ってたんだ。あの綺麗な女の人とデートしてホテルでセックスし終えて帰ってくるのを、この格好でずっと待ってるなんて、心臓もたねぇよ。潰れそう。  ノンケの英次が男を好きになる確率ってどんくらい?  甥っ子の俺に欲情してくれる確率は?  嫌いな食べ物をイヤイヤしながらでも食べてくれる確率くらい? どうしたら、振り向いてくれるの? どうしたら、俺のこと、甥っ子としてじゃなく相手してくれんの?  風呂上りの自分が色っぽく見えねぇかなってアピールしようとしても、毎回、どっか行ってる。できるだけ、別々でいたかった? 狭い単身者用のワンルームじゃ息苦しい? 男同士だもんな。甥っ子じゃ色気とかあるほうがイヤかもな。  俺は英次に欲情するけど、英次にしてみたら、そんなん迷惑でしかねぇもんな。 「俺じゃ、無理?」 「……」 「俺、英次のこと、本当に好きなんだ」 「……りがと、な」  搾り出すような声だった。苦しそうに、それでもどうにかして出した声。ありがとう、ってそれが英次の答え。イヤイヤながらも出せる精一杯の優しさだ。 「少し落ち着け」 「俺はっ!」  ぎゅって、抱き締められた。ずっと飛び込みたかった胸に今いるのに、ずっと包み込まれたかった腕の中にいるのに、こういうんじゃねぇって全身が軋む。これじゃないって、叫びたい。 「凪」  でも、英次がきつく抱き締めるから泣いてるのも、叫びたい気持ちも、なんもかんも、押しとどめる。 「お前は……」 「ぇぃっ」  聞きたくない。何度も言われた。大事な甥っ子だから仕方ねぇなぁって、どんなワガママも受け入れてくれた。 「ヤダ……」 「お前は大事な甥っ子だ。それは一生変わらない。今、お前は混乱してるんだ。たったひとりだけ残った家族である俺が大変な状況だからって」 「違う! そうじゃなくてっ! 俺はっ!」 「混乱してるんだよ」  痛い。そんな強くすんなよ。言いたいことが言えなくなるだろ。 「たったひとりの家族への思いと、恋愛感情がごっちゃになってるだけだ。少し落ち着けば、間違いだってわかる」  首を振って、そうじゃないって言うのすら、英次の腕は許してくれない。泣いてるのに、今、すげぇ心臓が潰れるほど痛くて、すげぇ悲しくて大泣きしてるのに、息するのも苦しいくらいなのに、英次の腕ん中がきついから、涙が全部、英次のスーツに吸い込まれていく。 「色々不安になってるから、気持ちと頭がおっついてないだけだ」  ズルいよ。 「叔父で、ひとまわりも違う、俺のことを、お前が好きになるわけがない」  なんで、そんなこと決め付けんだよ。そんなん、俺の気持ちなのに、わかんのかよ。 「勘違いしてるだけだ。大丈夫。俺はお前の叔父だ。甥っ子のお前のことはずっと、ずっと、大事に思ってる。俺の……大切な、甥だ」  ひどいよ。違うの一言も言わせないで、泣くだけ泣かして、そのくせ、その声も涙も全部なかったことにするみたいにきつく抱き締めるな。こんなのが欲しいんじゃない。こんなズルいことをする英次なんて最低だ、ムカつく、ふざけるな。そう言えたらいいのに。 「……凪」  この声が大好きで、人の言いたいことを捻じ伏せて、押さえ込む、この強引な腕でも嬉しい。俺の気持ちなんて無視して、こんなシャツ一枚で大泣きさせるような男でも、やっぱ、好きでおかしくなりそう。 「……ごめんな、凪」  英次のことが、めちゃくちゃ好きで、それは何されても変わんなくて苦しいのに、どんな形でもどんなに拒否られても、抱き締められたことが、たまらなく嬉しいんだ。  ――イヤでも食う! そのうち美味く感じるかもしれないだろ? 栄養あるんだから食っとけ。美味く感じられないとしても、きっと不味くはなる……なんだよ、その嘘つけ、みたいな顔は。 「英次の、バカ……」  それなら、俺のぶつけた「好き」だってさ、イヤでもちゃんと受け取れよ。そう言いたかったのに、言う手前で目が覚めた。  変な夢。 「……英次?」  嫌いなピーマンを英次が食えっていう夢。ついこの前した会話がそのまんま出てきてた。で、俺は思うんだ。俺がピーマン食うんなら、英次も食ってよ、俺の「好き」を。 「英次?」  食べたのかな。俺は。ピーマン。  気が付いたら寝てた。布団ちゃんとかけてるけど、英次のシャツを着たまんまだった。眩しいほどの朝日の中で見るとおかしなことしてんだなって、笑えた。男の俺が、ノンケの英次相手に、彼シャツ一枚でその気にさせられるわけねぇじゃん。つうか、何したって無駄だ。無理だ。不可能。 「英……」  夢の結末、知りたかった。せめて、夢の中でくらい、ハピエンでもいいじゃんか。 『単身者用のワンルームに男ふたりはやっぱりまずい。ホテルに移る。電話は繋がるから、何かあったら連絡してくれ』  つまりはさ、こういうことだ。ピーマンはどう料理したって、どんなに素晴らしい理由がくっついてたって、苦くて俺は好きになれなかった。そういうこと。  俺は英次にとってのピーマンってこと、だったよ。

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