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第14話 追いかけっこ

 英次が、いなくなった。  ――ごめんな、凪。  好きだって、本気で、どう考えても別の意味で捉えられないくらいの本気で告って、思いっきり断られた。お前は大切で、大事な甥っ子だよって抱きしめてなだめられた。英次を誘惑したくて、ガキ扱いすんじゃねぇって、大人として俺のことを見てよって、必死こいてやった格好もロクに見えねぇくらいに、強く抱き締められて、フラれた。  そして、泣き疲れて眠って、目を覚ましたら、英次が消えていた。 「……」  戻ってこないつもりなんだろ。甥っ子に欲情ありの好きを向けられたっつって、逃げたんだろ。 「っ」  なぁ、英次、俺がそんくらいで諦めると、思った? 「っふっざけんじゃ、ねぇぇぞっ!」  バカにすんなよ。物心ついた頃から、いや、つく前から、一回り年上で男で、叔父の英次のことしか好きじゃない俺の根性わかってねぇだろ。 「クソ英次! 舐めんじゃねぇぞっ!」  あんな拒否くらいで諦められるんだったら、最初から好きになんてならねぇよ! こんな、叔父と甥だぞ? 普通に考えてアウトだろ! それでも好きになったんだ。それでも、英次のことしか好きじゃねぇんだ。人が人生丸ごと使って抱えてる「好き」を舐めんな。 「昭和生まれが、平成生まれの俺に勝てるわけねぇだろ!」  それで逃げられた、隠れられたつもりなら、甘いんだっつうの。 「バカ英次っ」  きっと、一回目の電話には出ない。俺が落ち着くのを待って、きっと夕方だったら電話に出るかもな。そんで、叔父としての態度を徹底するんだろ。ずっと、英次のことしか見てこなかったんだ。簡単にわかるっつうの。  そんで、俺が忘れるのを、諦めるのを待つつもりだった? そんなんでスルーできると思ったら大間違いだかんな。バカ英次。  今の世の中、ぜーんぶ、SNSでどうにか調べられるっつうの。それが、海外でも評判のいい、モデルレッスンをしている日本人ともなれば、かなり目立つ。そんでもって、SNSとか有効活用している。英次はそういうの面倒くさがるタイプだけれど。 「あっ! あった!」  ほら、見つかった。  瀬古さん、今、都内のホテルに泊まってるのか。めっちゃ笑ってる。さすが有名人、フォロワーの数ハンパねぇな。 「……おしっ」  身支度を整えるために立ち上がった。 「……英次」  昨日、思いっきり泣いた。だから、すげぇ、すっきりした。英次は俺をわかってない。俺の人生最悪の日はもう終わった。待ってるのは人生最良の日だ。未来は、来週の俺には、明日の俺には、今からじゃ想像もつかないようなことが待っているかもしれない。 「絶対に、捕まえてやるから」  こんな諦めるしかないような恋だって、もしかしたら叶うかもしれない。だって、未来は誰にもわからないんだから。良くも、悪くも、先のことなんて、俺にも、英次にもわからないんだから。絶対、なんてことないんだから。  辿りついたホテルのロビー。有名人の仕事用のアカウントから居場所なんて、すぐに……見つかるもんか? その辺、普通は上手くごまかしてたりするような。 「やぁ、偶然だね」  気がするけど。 「また、大きくなった? 凪」  それにあんなに人を自分のペースに巻き込むのが上手い人が、居場所を探偵でもない俺にでさえ簡単にわかるような写真。 「……瀬古さん」  載っけない気がする。っていうか、これ、俺はもしかしなくてもおびき寄せられたのか? だって、なんで多忙なこの人がロビーでぽつんとコーヒー飲んでんだ? まるで、誰かとここで待ち合わせでもしているみたいに。 「英次を探してる?」 「!」 「昨日、俺のところへ来たよ? あれ? 聞いてない?」  この人、ちょっと苦手だ。何考えてるのか、わからない。 「仕事の条件としては悪いものじゃないと思うんだ。住む場所も用意してあげられる。とりあえずは世界各地から集まるモデルの卵と一緒のアパートに住んでもらって、彼の気にいった住居をしっかり探してあげようかと思ってね。給料も用意できる。ポジションも彼は気にいると思うよ? ただ、大事な人がいるから、そこにだけはちゃんと話さないと、とは言ってたっけ」  英次が瀬古さんと会った翌日、俺は瀬古さんに会った。駅前でナンパのフリしてからかわれて、そこに英次が来たんだ。そして、仕事のことを聞いた。瀬古さんから。英次から言われたわけじゃない。説明は一つもなかった。その後だった。英次が女の人と歩いているのを見たのは。 「昨夜、話すって言ってたよ?」  昨日の夜、英次が女の人と並んで歩いていた。すげぇ綺麗な人だった。もちろん、大人の女の人。教養のありそうな出で立ちで、スーツ着てた。仕事してる人だけど、OLっていうか、キャリアウーマンっていう感じ。英次の右手っつうか、秘書、とか似合いそうだった。 「話したい人って……君、じゃないのかな」  そんで、切羽詰まった俺は英次に抱きついて、告って、断られて。そんで、朝、英次は消えてた。 「あ、の……英次は今、瀬古さ、ん、の仕事の手伝いするために……」 「あぁ」  英次が外国に行っちまう。 「今日はここのオフィスビルに行ってもらってるんだ。私の用事でね。ちょっと待ってて、メモしてあげよう」 「……」 「これね。行ってごらん」  手の中に押し込まれたのは瀬古さんの名刺の裏側に走り書きされた住所。 「話したいことがあるんだろ? たった一人の家族だもんな」  そう、英次は俺に残った唯一の家族。血の繋がった、叔父。 「っがう」 「え?」 「違う! 英次は!」  家族で、叔父で、甥っ子で、そんで、年上の――。 「俺の好きな人だっ!」  そう宣言してロビーを飛び出した。背後で瀬古さんがタクシー呼ぼうかって言ってたくれたけど、足は早く英次のところに行きたいって、前へ進むのを止めないから、だから断ったのが瀬古さんに聞こえたかどうかはわからない。タクシーじゃなくて、自分の足で英次のところに行きたかった。そうじゃないと、捕まえられないような気がしたんだ。

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