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第15話 溢れて止まらない

 瀬古さんからもらったメモをぎゅっと握り締めながら、そのメモにあったビルの名前を呪文のように唱え続ける。まだ、そこにいますように。会えますように、って願いを込めながら、スーツ姿の人ばかりで俺みたいな金髪はかなり目立っているオフィスビル街を走ってた。  このビルの中のどこか、その二階に英次がいる。  一回、断られた。だから、二回断られるのも、十回断られるのも、変わらない。諦めるつもりもない。しつこいって思われるかもしれないけど、でも、この「好き」が俺の中にあるうちは英次のことを好きでい続けるよ。そう思ったんだ。  「好き」のままでいる。  英次からしてみたら迷惑かもしれない。男の俺にそんな好かれたってって、思うかも。でも、俺はすごいポジティブだから。親父たちが死んでしまっても、時間かかろうが必ず立ち上がって前を向くようなポジティブな奴だから、英次のこともそう思うよ。血が繋がってる。家族で同性の英次を好きになってしまった、なんて思わない。血が繋がってたら、俺と英次を繋ぐものは完全に切れることはない。だって、言葉のまんま、俺たちは「血」でちゃんと細かろうが、必ず繋がっているんだから。  何回だって言う。英次のことが好きだって。 「! 英次!」  ビルを見つけるよりも早く英次を見つけた。ちょうど、エントランスから出てきたところだった。 「英次!」  ガラスの扉が英次の長い脚の一歩で、スッと開いて、それと同時に空調なのかふわっと英次の前を風が吹き抜けた。就活するからって、すっきりさっぱり切って後ろに流していた髪が風で少しだけ揺れる。  そして、その風に導かれるように、その風が吹いてきたほうを探る目に、きっと、俺が映った。 「英次!」  俺を見つけて、目を見開いて、驚いて立ち尽くしてる。 「え、いじ」  すっげぇ走ったから、横っ腹が痛い。 「おま……何、して」 「よか、た。ここ、離れる、前に、会えて」 「凪」  何回だって好きだって言う。言っても言っても、溢れて零れるくらいに俺の中には「好き」があるから、足りなくなることも、消えることもなさそうだから。もったいぶらずに告白しまくろうって。 「俺、諦めねぇから」 「……」 「英次のこと、ずっと、好きだし。なんだったら、追いかけてく気だから」  ポジティブだからさ。俺は最悪の日を経験済みで、あとは最良の日待ちだから。 「今すぐには無理でも絶対に行く。昨日、一回断られたくらいで諦めない。英次は知ってるだろ。俺が諦め悪いのもポジティブなのも。だから、向こうで仕事する英次にいつか会いにいく。迷惑かけない。だからっ!」 「おい、凪」 「本当は行かないで欲しいけど、でも、英次が瀬古さんの手伝いっつうか、やりたい仕事なら、応援する。好き、だからさ、英次のこと」 「瀬古?」 「英次に恋人いるのかわかってるけど、でも、今までみたいに、叔父と甥としてでいいからさ。それだけで我慢できるから」 「おい、凪、恋人って?」 「平気とかじゃねぇし。もしも、英次があの人と結婚するなら、俺、たぶん、結婚式には出れないけど、でも、英次が幸せなのは俺にとっても幸せなことだから」 「結婚?」 「祝えなくても、好きな人の幸せはずっと願ってるし」  見たら、きっと心臓がぺしゃんこに潰れる。そんなふうに痛い思いをしても、それでも、きっとまだ俺の中にある「好き」は潰れないし、消えないだろう。 「だから、英次」 「おいっ! 凪!」  だから、ずっと好きでいることくらい許してくれよ。 「なんだ? 恋人って。おま、それ、瀬古が俺の恋人ってことか?」 「は?」 「はぁ?」 「?」  お互いに何言ってんだ? って、顔をしてた。さっき猛烈に痛かった横っ腹のことも忘れるくらい、ぽかんとして、首を英次は右側へ、俺は左側へと傾ける。 「や、そうじゃなくてさ、英次が」 「うげ、すげぇ気持ち悪い。想像しただけで内臓腐りそう」  えー……そこまで、瀬古さん拒否かよ。まぁ、英次はノンケだもんな。しかも、瀬古さん英次くらいに身長あるし、あの自分のペースに巻き込むのとか巧みすぎて、たしかに気が付いた時には組み敷かれて襲われかかる直前みたいな感じになりそう。つか、そんなふうに押し倒される英次とか想像するのはイヤなんだけど。  あれ? でも、そしたら、俺のことは内臓腐るほどには拒否しないってこと? 昨日、告った時、そんな顔してなかった、と思う。そもそも強く抱き締められすぎていて、顔見られなかったけどさ。ちょっと、嬉しい。瀬古さんよりは俺のほうがマシって思えて、ちょっとだけ、優越感。って、英次の再就職先である職場の上司っていうか、社長になるから、あんま悪く言わないほうがよくないか? 「それより、凪、お前、何を勘違いしてるんだ? ここに俺がいるって、どうしてわかった?」 「? だって、瀬古さんが」  ここにいるって教えてくれたんだ。瀬古さんがここでやって欲しいことがあるから行ってもらってるって。 「英次?」  何? もしかして、そんな疲れる仕事だったのか? ずっと社長してた英次はけっこうな激務こなしてたと思うけど、そんな頭抱えて溜め息吐くくらいにしんどい仕事? 「あの、俺、仕事手伝おうか?」 「はぁ?」  なんで、今度は怒ってんだよ。 「お前、ここ、どこだと思ってんだ?」 「?」  どこって、ここは――。 「ここ、ハローワークだぞ」  このビルの二階、各フロアにどんな企業が入っているのか、すぐにわかる地図のところに、全く同じことが書かれていた。 「……え?」 「お前、何、信用してんだよ」 「だ、だって! そんなん! 信用するだろ! 親父の友達っつってたし!」 「はぁ……んで? あと、なんだっけ?」  英次がめちゃくちゃ呆れてる。 「あと……」  でも、こっちは、ガチ、だろ。 「あと、今、恋人んとこ、いるんだろ」 「……はぁ?」 「見たし。英次が女の人と歩いてるとこ」 「いつだよ」 「昨日」  ほら、あっ! って顔して黙った。見たんだ。駅前んとこをすげぇ綺麗なキャリアウーマンと歩いてるのを、そんで、その夜は俺に告られて、断って、その人んとこに泊まってたんだろ。 「いい……わかってる。英次が、俺のことただの甥っ子って思ってんのなんて、ちゃんとわかってる」  おかしいよな。俺、すげぇポジティブなのに、すげぇ立ち直り早いし、楽天家だと思うのに、なんでだろ。昨日もそうだった。英次のこと好きすぎるのかな。 「でも、好きでいさせてよ」  英次に好きって言う度に泣いてる。なんか、出て来るんだ。勝手に涙が。 「片想いのまんまでいいし。そりゃ、両想いになれたら最高だけど。でも、英次が男の俺にそんなん想ってくれるわけねぇの知ってるから、ダイジョーブ。英次のことすげぇ好きだから、英次の幸せは邪魔したりし、」 「ちょっと、黙ってろ」  頭をぐっと掌で押さえつけられた。言うなって、これ以上、英次のことを好きだって言うなって。でも、仕方ねぇじゃん。この涙と同じで、ずっと「好き」が勝手に溢れて止まらないんだから。 「英次、どこに」 「いいから、少し、黙ってろ」  なんで怒ってんだよ。 「ったく」  そう文句を呟きながら眉間に皺を刻む横顔がカッコいいって、涙零しながら見惚れてた。

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