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第19話 ピヨピヨ
なんで、俺、今、こんな状況なんだ?
「え、英次?」
「……」
すっ……げぇ睨まれてんだけど。部屋、帰って来た途端、俺、恋人に、今、殺されそうなくらい睨まれて、マジの壁ドンされて、ほっぺたんとこ、手でぐいっと掴まれてるんだけど。
何? って訊きたいのに、話すと「ピヨピヨ」鳴きそうなくちばし状態の口元が恥ずかしくて黙っていた。
でももう、これ、どう見ても、恋人との触れ合い方じゃないだろ。
なんで、俺が睨まれるんだよ。睨みたいのはこっちだっつうの。誘ったって面接があるからとか言って、キスのひとつもしないで寝た恋人に俺が腹を立てるのならわかるけど、なんで、俺がムカつかれてんの? 面接受けるのにセックスアウトとかあるわけ? そんなん、なくねぇ? それでもどうにか納得して我慢してるのに、なんだよ。キスくらいいいじゃんか。唇と唇合わせるくらいのもんで、寝不足になんてなんねぇし。面接の受け答えくらいできるだろうし、身体には何の支障もきたさない。
ようは……イヤ、だったんじゃね? 俺とセックスするのも、キスするのも、イヤだったんだろ。いくら俺が綺麗な顔してたって、やっぱ、男って思ったんだろ。やっぱ、赤ん坊の時から知っている甥っ子って、そう思って萎えたんだろ? 色々とさ。
「なんだよ、英次」
あんまりにだんまりだから、ピヨピヨの恥ずかしさを乗り越えて、英次に尋ねた。
「何、そんな怒ってんだよ?」
「さっきの、あのガキ、あれ、ピアスのか?」
「ガキ? ピアス? 押田のこと? そうだけど? いつもピアスくれる奴」
一言で簡潔に答えたいのに。英次の質問が短すぎて、はい、いいえ、じゃ答えられない。これ、ピヨってて、恥ずかしいんだっつうの。
「お前はもう少し自覚しろ」
「は? 何を?」
「そんなんだから、あのガキが」
「ガキじゃねぇよ! 押田だ! 大学の、なぁ! この手、離せよ!」
無視して睨みやがって。なんで、恋人にほっぺた掴まれなくちゃいけないんだ。
「あのガキにはあんまり近寄るな」
「はぁ? なんでっ?」
「お前のこと、狙ってる。それにも気がつかず、無防備に色気晒しやがって」
「!」
なんだそれ。その単語を聞いた瞬間、全身が恥ずかしさに燃えるように熱くなる。
「何言ってんだよ! ねぇよ! んなもん! 英次はこれっぽっちも感じてねぇじゃんか! ないから!」
睨んだって俺は怯まないからな。あんま英次に怒られたことねぇから、ガチで怒られたらきっとへこむだろうけど、でも、今、怒られるようなことを俺はこれっぽっちもしてない。英次に睨まれるようなことなんてひとつも、してない。
「指一本だって、俺にそういう意味で触れないくせに!」
「!」
いつもは鋭い目付きの英次が目を見開いて驚いたって、知るか。キスひとつもしてもらえないガキみたいな俺にそんな色気なんて。
「色気なんて、あるわけねっ、…………ん、ンンっ」
俺の頬を掴む英次の指が少し力を強めたと思った瞬間、ナニ、これ。
「ん、ンっふ……ン、ん……ンく」
骨っぽくて、ゴツゴツした関節、強くて大きな英次の手で頬をつかまれて、その頬の内側を柔らかくて温かいものでまさぐられる。
「ン……んふぁっ……ん、くっ……ン」
これ、英次の、舌?
「ン、んんんんっ」
濡れた音がした。ぴちゃ、って濡れた音がすぐ近くで聞こえて、頬を内と外、両側から別の感触にまさぐられて、その場で、どうしよ。これ、イっちゃいそう。
「ン、英次……」
「……ったく」
やっぱ、キス、だった。口の中がなんか、すごく気持ち良くてあんまりちゃんと考えられなかったけど、柔らかくて温かくて、濡れたそれは、英次の舌だ。頬を掴まれて、俺は。
「キ、ス?」
「色気? お前、自分に色気がないとでも思ってたのか?」
「あ、んの?」
言われて、見上げると、そこに切ない表情をした英次がいた。俺を食い入るように見つめる瞳が、キスで光る唇と同じように濡れている。
「俺、色気、ある?」
今、この唇とキスをした。
「っ! おいっ! 凪!」
「?」
キスしたんだなぁって思いながら、すぐそこにある唇を指先で突付いてみた。指先がキスの唾液に濡れる。
「嬉しい。俺のファーストキス、英次だ」
最高だ。この唇が最初に触れてくれた。指でなぞると少しの力なのに唇がよれる。押すと、ぷにっとしてる。柔らかくて、グミ、みたい。もう一回、食べたい。
「ったく、どこで、そんな煽り方覚えてくんだよ」
「え? ンっ、っ」
英次の舌が気持ちイイ。自分からも舌で舐めて、キスの音を立てる液体啜って、唇を舐めて噛んだ。指で確かめた以上にゾクゾクする感触の虜になって、もっと欲しいと英次の首にしがみつく。
「ン、英次、えいっ……ン、んく」
もっとしたくて、角度を変えては舌を英次の口の中に差し込んで、いっぱい舐めて、絡まって、そんでまた角度を変えて、別の場所をまさぐってく。
「な、ぁ、英次」
「?」
キスって、こんななんだ。
「俺、色気、ある?」
「あぁ」
嬉しくて、腹の底んところがじんわりと熱を持った。ホント? 本当に?
「じゃあ、なんで、キス、しないんだよ」
こんなに気持ちイイのに。
「英次は、俺とやっぱそういうのしたくないのかと思った」
この指で、唇でずっと触っていたいと思う唇はすごく気持ちイイのに。
「男で、甥っ子の俺じゃ、全然、そういうことは」
「……知らなかったのか?」
「?」
「俺は好物を最後までとっておく派だ」
今、キスした、この唇が最後まで取っておきたい好物ってさ……俺?
「こっちはずっと我慢してたんだ」
「英次、なぁ」
「お前のこと……壊しそうだ」
そうだったらいいなぁ。そう思いながら、もう一度唇の感触に触れたくて手を伸ばしたけど、その手は阻まれた。代わりに、もっと鮮明に感じられるキスを与えようと、英次が首を傾げる。
「……っン」
壊してよ。そうねだったら、齧り付かれるように唇が重なって、なんか、身体の内側でトロリとチョコが溶けて垂れるような錯覚と熱を感じた。
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