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第20話 見えないとこに、好きを置く
お風呂でさ、俺、英次のこと誘いたくて、のぼせるギリギリまで湯船つかって、色っぽく見えないかなぁとか、髪あえて濡れたまんまで部屋行ったりとかしてたんだ、って教えた。
でも、英次はその都度、どっか行っててさ、俺の誘惑作戦とか完全スルーされて寂しかったんだからなって。そう文句を言ったら、鼻で笑われた。そして。
知らなかっただろ――英次の低い声がそう呟いた。
湯上りの俺を見たら、襲い掛かりそうだったから、風呂行くたんびに外に出てたって。
なんだよ。
そんなん。襲っていいのにって、小さな声で広い英次の胸に向けて呟いたら、頭のてっぺんにキスされた。焦れて俺が英次に迫ろうとする度に頭を撫でて、イイコイイコってけん制されてた頭のてっぺん。そこに、キスされて、頭から爪先まで一気に熱くなる。
「お前、自覚ないみたいだが、色気、相当だぞ」
「は? んなの……ねぇよ」
「バカか」
恋人にだけいい。俺が色っぽいって。溜め息と一緒に呆れ顔で呟く英次にだけ、そう思ってもらえたらいい。色気でもフェロモンでもなんでもいいから、俺を見て、そんで、キスしたいって、思ってもらえたら。
「なんで、そんな、我慢すんの?」
好きって言ってくれたって、あんなにスルーされまくって、断られたらさ。無理なのかと思うじゃんか。
「お前なぁ」
溜め息、また、つかれた。そして、頭に乗っけた手で引き寄せられて、鼻が英次の胸に激突する。壁と英次に挟まれてた俺は、今度は英次ひとりの腕の中に閉じ込められた。頭の上が少し重いのは英次の顎がてっぺんに乗っかってるからだ。背中が熱いのは、英次の掌が俺を抱き締めてくれてるから。
「たったひとりの家族だぞ」
密着しているせいで、英次の声が自分の中で響いているみたいだ。
「ずっと、凪のことを大事にしてたっつっただろ。自分の気持ちなんてどうだっていい。お前が幸せならそれでって」
「うん……」
「俺がお前に恋愛感情を持ってるって知って、お前がそれに嫌悪を抱いたら? その時点で、お前は家族を失う」
好きだし、って呟いたら、英次の腕がぎゅっと俺の頭を胸に押しつける。俺の告白を英次の内側に染み込ませるように。
「好きだと伝え合って、恋人になった。でも、お前が俺に抱かれることを躊躇ったら。怖いと思ったら、その瞬間に、お前はやっぱり家族を失う。たったひとりの家族を」
「バカは、英次のほうじゃんか」
「……バカって、お前、初めてだろうが、ビビるだろうが。普通は」
ぎゅって、英次のシャツを掴んで、皺になるのもかまわず握り締めて、引っ張った。
「俺が欲しいのは英次だけ。ずっとだ。だから、どう頑張っても、俺にとって全部が初めてになる。英次がしてくれなきゃ、俺はずっと知らないままだよ。初めてとか、関係ない。ビビらいないよ」
「……」
「英次のこと、欲しくて、風呂でのぼせかけてみたり、瀬古さんとこに走ったり、ずっと英次のことばっか考えてる。今だけじゃなくて」
ずっと前からそうだった。俺が焦がれるのは英次だけ。
「好きな人も、家族も、英次だけ。ただそれだけ。フツー、とかわからない」
欲しいのは、望んでいるのは、世界でひとり、英次だけ。
「後悔、しないか?」
「俺はしない……でも、もしも、英次が俺を抱いて、後悔するんなら、一回だけでいいから」
ううん。一回だけでもいい。大好きだった人と繋がれるのなら、ずっと望んでいた願いが叶うなら、それが一回っきりでもいいから。そのあと、恋人として一緒にいられなくても、どうせ俺の気持ちは変わらないから、その「一回」を大事に身体の内側に残しておくよ。
「一回でもいいから、やっぱ、欲しい」
「……俺もだ」
頭に乗っかっていた英次の頭がどいて、代わりに、今度は首元に熱が篭る。折れそうなくらいに抱き締められて、英次にいつもちゃんと食えって言われる細い身体に英次の全部が寄りかかる。
「俺も、お前が後悔したとしても、一度でいいから」
その重さが心地良い。この腕の中はなんて、気持ちイイんだろう。独り占めしたくてしかたなくなる。俺だけの人、になって欲しい。
「? 凪?」
この人は俺のものだって、こういうの、ほら、よくつけてあったりすんじゃん?
「何してんだ、お前」
ほら、あれ、キスマーク。
「なぁ、英次、これ、どうやってつけんの? 全然、つかな、あっ! ひゃぁっ……ン、ん、くすぐったっ、あ、あぁっ」
首筋に吸いつかれて、ぞわぞわっとしたものが背中を駆け抜けた。英次の唇が触れたとこが気持ちイイ。さっき、初めてキスした唇に今度は肌を初めて吸われて、クラクラする。
「んあっ……ン、俺も……英次の首に」
「俺のだ」
「え?」
目があっただけで、どうになっちゃうよ。英次が、俺のこと。
「ついた? キスマーク」
俺のこと、欲しがってくれてるなんて。
「……あぁ、ついた」
英次の視線の先にくっついてる。赤い痕が。俺が英次のだっていう印が。
「なんか、めっちゃ、嬉しい」
あとで、鏡見てみよう。覚えとかないと。耳の下辺り、少し、手前か? 右側んとこ。
「……お前って、ホント、たちわりぃな」
「え? 何がだよ」
「あとで鏡見てみようって思っただろ。場所、覚えて。ったく」
「だ、だってさ! うわぁっ!」
ふわりと浮き上がった自分の身体。細いかもしれないけど、それでも女の人みたいに細いわけじゃないだろうに、俺を軽々と持ち上げて、数歩進むと、そっと、本当にそっと、頭に掌まで添えて、ベッドに寝かされた。初めて、英次がうちに来た時に一緒に寝ない? って、俺の人生初、好きな人を誘ったベッド。拒否られたけどさ。
「あ……」
「どうした? 凪」
「一緒に寝ようって言ったの断ったのも、もしかして、我慢、してた、から?」
「!」
うわ、すげぇ、貴重なもんを見れた。
「英次」
「っ、そうだよ! 好きな奴と同じベッドで眠れるか!」
照れて、顔真っ赤にして、怒ってる英次なんて、めったに見れない。いつだってふてぶてしい人が見せる困り果てた顔なんて、写真撮りたいレベルで貴重だ。
もしかしたら、全部、そうだったりするんだろうか。風呂上りに逃げられたことだけじゃなくて、朝とか俺が先に起きてさ、英次はどんなに俺が隣で着替えようが、鞄蹴飛ばして、案外でかい音をわざと立てて起こそうとしてみたりとか、そんなんしても起きなかった。あれさ、寝てたの、とかも、フリだったりする?
「言っとくけどなぁ。そんなキスマークひとつで済むと思うなよ」
「……」
この、今、見える景色にすらドキドキする。俺はベッドに寝転がって、その上から英次が覆い被さるって、何これ、すごい夢っぽい。
「誰もが諦めるくらい、全身につけてやる」
心臓、もつかな。
「あとで、やっぱやめてほしいっつったって、やめないからな」
ずっと、欲しかったものを手に入れられる瞬間に身体も気持ちも、頭ン中の大喜びしすぎてて、騒がしいけど。
「やめたら、俺……」
「俺?」
「また、お色気作戦するから、いい」
英次の中もそうだったら、そんなふうに喜んでくれていたらいいなぁ。そう願って、キスしてくれた唇へと手を伸ばす。
「今度はしっかり引っ掛かってやる」
その手は掴まえられて、指先に歯を立てられただけで、なんか、快感だった。今から、英次とセックスできるって、嬉しくて、早く早くって急ぐ俺丸ごとを英次に齧って欲しくて、ただ触れただけでも、甘い声が零れたんだ。
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