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第21話 剥かれる幸福

 兄である英一と似た顔をしていてくれたらよかったのにって、考えたってどうしようもないことを何度も願った。そしたら、十二も下の甥っ子をこんなに焦がれることはなかっただろうにって。  何度、衝動に駆られて押し倒しそうになったかわからないって。  そういえば、前に一度言われたことがあったっけ。英次が「兄貴に似てたら……」って呟いたことが。俺は聞き返して、その言葉の続きを訊こうとしたけど、話をはぐらかされてそのまま聞くタイミングを失ってしまった。  その時の英次はどんな表情だったっけって、思い出そうとしたら、今、目の前にいる自分だけを見てろって言いたそうなキスをされた。少し噛まれて引っ張られて、口の内側を舌先でくすぐられる。意地悪なキス、だと思った。こんなにキスがやらしくて甘くて美味しいのなら、これよりもっと深いところへいけるセックスをしたらどうなってしまうんだろうって。 「え、いじ」  英次が俺を見て笑った。そして腕を畳んで、その笑顔が近くなったことにドキッとした俺にまた笑って、そのままキスをした。  触れるだけの、そっと唇を撫でられるようなキス。 「凪」 「えい、……ンっ、んふっ……ン、んん……ンく」  一度、唇が離れて、また、キス。でも、今度のはもっと深くて濃くて、何もかもが唇と舌先の間で混ざり合うような、そんなキス。口の中をまさぐる英次の舌をご馳走だと勘違いしたのか、溢れる唾液が零れる隙間もないほど、角度を変えて何度も、しっかりと絡まり合うキス。 「え、いじ」  キスの合間に呟けるのは好きな人の名前ひとつくらい。 「なぁ、凪」 「?」  家に帰って来て、明るい部屋の中、ひときわ明るい金髪が玄関を開ける音にぴょんと跳ねて、振り返って、満面の笑みで「おかえりなさい」と言う。隣で嬉しそうに笑う俺を見る度、抱き締めたくて、必死に堪えたって。引き寄せて自分の腕に閉じ込めたいと勝手に動く手を頭の上に乗せて我慢してたって。  ずっと、ずっと、こうしたかった。だから――。  我慢、しないからな。  そう言われた。 「え、いじ……」  そんなん言われたら。 「も、や……だ……」  ただ、脱がされるだけで、イっちゃいそう。 「やだっつっても、やめないって言っただろ」  上を脱がされただけで呼吸が乱れる。自分の内側がたまらなく熱くなって、その熱を身体の外に出そうとする度、唇が震える。だから、口元を手の甲で押さえてた。どこかで噛み締めてないと、おかしくなりそうなんだ。歯を食いしばってないと。 「……怖いか?」  やめないって言ったくせに。俺にだけは不器用で甘い英次が、絶対に止めないって言ったのに、その手を止めて、上から俺を覗き込む。上半身だけ裸になった俺は口元を必死に手で隠して、歯を食いしばってる。全身の力の入れ具合とかで英次にはわかるんだ。潤んだ瞳が、震える肩が英次の手を止めてしまう。  怖がってるって思って、俺を脱がすのを止めてしまう。 「ちがっ」  だから、慌てて首を横に振った。なんで、俺が好きなお菓子はすぐに買ってくるのに、俺が一番欲しいものは気がつかないんだよ。 「凪……」  さっきは人のほっぺた掴んで睨みつけてたくせに、今は泣きたくなるくらい優しい声で俺のこと呼んでさ。 「ちが、うんだ……も、ダメ」  英次が俺のこと抱きたかったって、ずっと、こうしたかったって言ってくれただけで、もうおかしくなりそうなんだ。俺の次の言葉を待って、不安そうな顔をする英次がいるなんて思ってもみなかったから、震えるほど嬉しいんだ。 「英次のこと、ずっと、欲しかった、から」 「……」  嬉しくて、涙が零れる。怖いんじゃないからな。ただ、英次のこと欲しくてたまらなくて、嬉しくて泣いてるんだからな。 「だから、今、脱がされたら、なんか、それだけで、イっちゃいそう、ぁっ、ひゃぁぁん!」 「……いいぞ、イって、いくらでも」  首筋を吸われて、背中が浮き上がる。英次の唇って何か電気でも帯びてるんじゃないかって思うくらい、触れられただけで肌がビリビリするんだ。感電したら、きっとこんな感じ。でも、痛いだけじゃなくて、気持ち良くて、我慢ができなくなる。 「あっ、やだっ」  英次のあの、関節のところがとくに骨っぽい指が最後の一枚、下着の縁に引っ掛かった。クイッと下げられるだけで、眩暈がする。 「あ、やぁ……ぁ」  英次の手が止まった。そして、片肘をついて、自分の身体が俺に乗っからないようにしながら、でも、覆い被さったまま、じっと見つめられてキスをされた。深くて甘いキス。舌が口の中に差し込まれて、ぐい、ぐい、って俺の舌の上を擦るように撫でる。 「ンンっ」  下着を下ろすのかと思った手はそこを離れて、腹んとこを大きな掌でゆっくり、キスで撫でられる舌と同じ位の速度で撫でてくれた。もう、腹の底んところには気持ちイイことを期待してる熱がジワジワ大きく膨らんでいるのに、それを外側からイイコイイコってされてるみたい。 「ン」 「……ほせぇ身体」 「えいじ?」 「抱いたら壊れそうなくらい」 「?」 「そうわかってても、いつも欲しかった」  声にならない声をあげて背中が反りかえる。だって、「欲しかった」なんて言葉を、耳元で低く囁かれたら、英次の掌でも更に温められた腹の底にある熱がもっともっと大きくなって、爆発しそう。 「凪……」  耳、噛まれて、舌で耳の縁んとこを舐められて、唇が音を聞き取るとこを塞ぐようにキスをする。 「凪」 「ン、ぁ、やぁ……英次っ、えいっ」  耳にキスしたまま名前を呼ばれて、ゾクゾクした。背中んとこ、背骨から尾てい骨ところがじっとしてられないくらいざわついて、熱い。 「お前にこうして触れるのは俺が初めて、なんだな」 「あ、英次っ、耳っ」 「凪……」  そうだよ。俺の初めて、全部、英次のだ。肌に触れるのも、キスも、これからすること全部、初めてだよ。 「えい……」 「暴走しそうなくらい」  英次の指が下着を引っ張った。 「英次っ」  初めてで、そして、きっと、英次が最後だよ。 「頭、おかしくなりそうなくらい、嬉しいよ」 「あ、ぁ、イくっ、も、ぁ、イっちゃ……や、ぁ…………っ!」  初めて覚えた痛みは首筋に残る英次の唇の痕。 「あっ…………英次」  初めて感じたセックスの快感は英次の大きな掌の感触。 「凪」 「俺」  大好きだった人に脱がされるだけでも快楽に直結する。英次に触れられるとおかしくなる。 「ン、英次、キス、して」  だからもっとおかしくなりたい。ずっと、英次に抱いて欲しかったから、もっとして欲しい。たくさん、英次を感じたい。そして、初めてねだったのはキス。恥ずかしいけど、ずっと欲しかったから、英次はいつだって俺の欲しい物を全部くれるから、だから、ねだったんだ。濃くて甘い英次のキスが欲しいって言って、くれるだけ全部舐めて飲んで、味わった。すごく、美味しいキスだった。

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