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第24話 今日は何の日?

「あ、あぁぁぁぁぁっ……っン」 「……凪」  英次が肩で息してる。すげ、カッコいい。 「ン」  名前を呼ばれて見上げると、丁寧なキスをくれた。触れて、啄んで、もう一度しっとりと重なる唇。  英次って、呼び捨てにした時のこと、覚えてる。  中学生だった。そして、俺の中のあった「好き」の形がしっかりとした輪郭を持って、俺の中にはもう存在してた。  すごい決意して呼んだんだ。  ――英次、今日、ご飯食べてく?  少し声が震えたのもちゃんと覚えてる。もう叔父じゃない。俺にとって英次は叔父じゃなくて、男、だって思って、そう呼んだ。 「……英次」  この人に恋をしているって思って、名前を呼んだ。  そっからずっと、ずっと英次のことだけを心の中で呼び続けてた。ねぇ、英次、俺は英次のことが好きだよ。ねぇ、俺のこと甥っ子じゃなくて、男として見てよ。ねぇ、すごく大好きなんだ。どうにかしたら俺のこと好きになったりしない?  ねぇ、英次、俺のこと、好きになってよ。  ずっと、心の中で話しかけてた。 「平気か?」  今日、何度も何度も名前を呼び続けてた人と、セックス、した。 「喉、渇いたか? 待ってろ。持ってきてやる」 「あぁっ……ン」  ずるりと抜けていく感覚に甘ったるい声が鼻から抜けた。まだ、息も整わない俺は、抜けてく英次にさえ感じてしまう。まだ、セックスしてるみたいに、自分の吐く息の熱にすら敏感に喘ぎそうで、きゅっと唇を噛んだ。 「どっか、痛いか?」  そんな俺を見て、英次が唇を噛むなって指でなぞった。 「や、だ。英次、の指、気持ちイイんだってば」 「そりゃ、よかった」 「ン」  咥えさせんなよ。そう言うのもできないくらい、舌を指先でイイコイイコされて、抜け出たばかりの英次の感覚がまだすごく鮮明に残ってるから、変になりそう。 「水、だっけな」  英次が苦笑いをこぼした。俺の舌、気持ちよかった? 唇をすごい見つめられたら、なんか、水じゃなくて他のものが欲しくなるよ。 「英次」 「……んー?」  ずっとずっと、そう呼んでたんだよ。何度も、胸の内だけで名前呼んでさ。 「好き」  そう繰り返し告白してた。  その頃から英次も俺のことを好きになってくれてたなんてさ。嬉しすぎて、どうしよ。なんか、信じられない。  あんなに何度も胸にうちだけで呼んでいた英次に抱いてもらったなんて。セックスしたなんて、嘘みたい。今、まだ英次が俺の中にいるみたいに、奥んとこにずっと感触残ってるよ。英次が、俺の中に、いた証拠がちゃんとここにある。 「嘘、みたいだよ」 「英次?」  水を取って戻ってきた英次がベッドの端に腰を下ろして、蓋を開けてくれる。子どもの頃、ジュースを買ってとねだると絶対に買ってくれて、蓋開けて寄越してくれた。俺はそれを途中からイヤがったんだ。蓋も取れない子どもだと思われてるって、ムキになってその手から奪ってたっけ。  でも、今は甘やかされてるって感じる。 「お前のこと、抱いたんだな……」  頬を撫でる掌も、今は、甥っ子をなだめるとか可愛がってるんじゃなくて、愛しい人に触れたいって気持ちが伝わってくる気がした。 「どこも、痛くないか?」  たくさん、英次にしてもらった。ここ、身体の一番奥を、たくさん可愛がってもらった。 「ちっとも……っていうか」 「ていうか?」 「すごく気持ち良かった。あと、繋がれて、どうしようって思うくらい」 「思うくらい?」  英次の声が優しくてどうにかなっちゃいそうだ。 「嬉しかった」  英次に抱いてもらえたこと、好きになってくれたこと。 「キス、してよ」  こんなワガママだって言っちゃってもいいんだって、蕩けそう。 「ン……」  セックスしながらたくさん俺を可愛がってくれた唇にそっと触れて、少しだけ啄ばんだら、大きな掌がうなじを撫でてくれる。 「ふぁっ」  触ると気持ち良いいって言ってたうなじを英次が撫でて、舌で口の中をたんまり舐めてもらって、俺は嬉しくてその舌にしゃぶりつく。 「他は? 何して欲しい? 腹減ったか?」 「平気。抱き締めてよ」 「あぁ。あとは? あ、この前、お前が美味いって言ってたアイス買ってきてあるぞ? 食うか?」 「平気。頭、触って」 「あとは?」  英次は俺に甘いけど、甘すぎだ。今ならなんでも言うこと聞いてくれるんじゃないか? ってくらい。 「ないよ。そんなにたくさん」  たくさんあったんだ。ねぇ英次、ねぇ英次、って呼びながら、欲しかったものがたくさんあったはずなのに。なんか、今、ひとつも思い浮かばない。 「言えよ。ずっと我慢してたんだ」 「我慢?」  一緒じゃん。俺はね、英次のことを好きっていうのを我慢してた。好きって連呼して、自分の中でどんどん膨れる気持ちを少しでも知って欲しいのをずっと我慢してた。 「お前をたんまり甘やかすの」 「……」  たくさんして欲しいことがあったけど。いつだって名前呼んで、こっそり、無音でおねだりしてたけど。その欲しかったものは今こうなると、たったひとつしかない。俺はそれが欲しくて欲しくて、ずっとそれだけを求めてたんだ。  英次に好きになって欲しいって。 「ずっと、こうしたかった」 「英……」 「本当に、ずっと、お前をこうして抱き締めてみたかったよ」 「……」  英次は叔父で、俺は十二も年下の同性で、どう考えたって、実りっこない恋。 「英次」 「お前にそう名前を呼ばれてからずっと、欲しかった」  でも、叶った。恋は実った。 「英次」  甘くて、美味しい果実になった。キスをしながら食べるとたまらなく幸せになれる味の果実に。ほら、ね? 人生何が起こるかわからない。 「バカバカ! 英次のスケベ! 中、出してないんだから、ぁっン、そんなとこっいいってば! 俺が自分でっ」 「お前、中出しなんて単語、バージンのくせにどうして知ってんだ」 「ぎゃあああ! バージンとか言うな!」 「さっきまで、気持ち良さそうに喘いでたくせに、なんだお前誘ってんだろ。可愛いな」  風呂に一緒に入るとか、恥ずかしいじゃんか。全部初めてなんだから、もうセックスだけでキャパオーバーなのに。 「ちょおおおお! 英次のバカ! どこ触って」 「あ? どこって、お前のチ」 「ぎゃああああああああ!」  悪い顔をする英次の笑い声と、俺の叫び声が風呂場にこだましている、そんな叶わない恋が実った、人生最良の日だった。

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