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第28話 熱が宿る
演出からマネージメントまで、エンターテイメントに携わることを学べるって言っても、これ、いるのか?
なんだって学びたいよ。どんな事だって知識になって、いつか英次のために役立てるかもしれないって思うから、学ぶ気持ちはちゃんと持ってるけど。
「えー……俺、こういうの苦手」
ダンスとか、ホント、無理だ。高校の時に体育の授業でやったけど、照れ隠しって体でどうにか誤魔化してた。
「だよな。お前、クールキャラだもんな」
押田が頷いてる。いや、そういうキャラとかじゃなくて、本気で苦手なんだって。照れ臭いとかそういうことじゃなくて。頭がこんがらがる。講師が単純なステップからって言った、そのステップの時点でまごついてるレベル。
大学の講義。舞台の見せ方を学ぶためには、自分自身も舞台の上に立たなければ、っていうのはわかる。わかるけどさ。
「凪、さっきのステップ覚えた? これ。やってみ?」
「お、おぉ」
「…………なぁ」
わかるけど、何も、ダンスじゃなくたっていいだろ。芝居とかさ。いや、芝居は各班持ち時間一分とかで表現しきるっていうのはたしかに難しいけどさ。
「凪、お前……もしかして……」
ここは芸大で、芸術について学びたい奴しかいないわけで、ダンスを極めたいっていう奴もかなりいて。そんで、文化祭は本気の文化の祭典みたいになるわけで。
「もしかして……ダンス」
「……」
「クソ下手なのか?」
「うっせぇぇよっ!」
俺が下手なんじゃなくて。皆が上手すぎるんだろ! なんて苦しい言い訳を叫ぶしかないじゃんか。
ホント、こういうの苦手なんだ。ダンスが恥ずかしいとかじゃなくて、普通に踊れない。音感が悪いんだろう。歌は……あぁ、あんま上手くないのかもな。
――お前、一生懸命歌ってて可愛かったぞ?
学校の行事とかがあると見に来てくれた英次がそう言って褒めてくれた。たぶん、一生懸命なとこしか褒める場所がなかったんだろ。たしかに苦笑いだったかもしれない。
頭撫でてくれることばかりが嬉しかった。心に残ったのは自分の歌じゃなくて、英次の掌と笑顔と、見てくれてたことへ喜びだった。
「凪、ステップ右からだって」
「へ?」
「違うっつうの。みーぎ! 左、みーぎ、左」
確実に俺、押田の足を引っ張ってる気がするんだけど。これ。ふたりペアで講師のつけた振りで一分間踊る。舞台をどう移動したら、どう空間の見た目が作用するのか。そのダンスを踊る人物の身長、雰囲気、振りに対しての完成度でどのくらい見栄えが違うのか。踊っている本人は体感できて、他の生徒のを見ている間も勉強になる――んだけど。
「違う違う。みーぎ」
今の俺はそれどころじゃない。
「ひだ、うわっ、凪っあぶっ」
右左、足を動かしてただけなんだけど、フロアには何もないはずなんだけど。何かに足がつまづいて、絡まって、そんで、磨かれたフロアの上でド派手に横転するところだった。っていうか、それを押田が下敷きになってくれて、頭を強打せずにすんだ。
「あっ……ぶねぇ、大丈夫だったか? な……ぎ……」
「ん、へーき。押田?」
びっくりしたけど、頭、さすがにあの勢いで打ち付けたら、脳震とうだったかもしれないけど。
「押田こそ、平気だったか? 腹、思いっきり頭で殴ったけど」
頭で殴ったっつうのも変な話だけどさ。スライディングで俺の下敷きになったようなもんだから、絶対に腹か腰打っただろうに。ぽかんとしてた。
「押田? 頭打った?」
「! な、なんでもない!」
「?」
顔、真っ赤じゃなかったか? ダンスで疲れた? 熱? とかだったら、サボりたがりのこいつは何か賞でも獲得したみたいに「熱あるんで!」とか胸張って言い訳しながら帰ってるだろうし。
そんで、絶対に飲み会行ってる。女子大好きだから。そのため、押田がいる飲み会の時は必ず男子のみかどうかを確認しないと。行って、知らない女子がいて隣に陣取られても困るし。向こうも彼氏欲しくて参加してるんだろうから、俺がいたんじゃ無駄だろ。
「少し休憩するか? 押田。顔、真っ赤だぞ。暑い?」
「……」
「今日、金曜なのに騒がないし」
金曜はほぼ飲み会に行っている。そんで、行かないのを知ってるのに、俺に毎回尋ねて断られて、楽しそうに笑ってる。
「なぁ、凪」
「んー? ぁ、何か飲む? 俺買ってきてやろうか? それとも練習再開する? 来週までにある程度形にしとかないと、リハも何もないもんな」
ただ踊って採点されつつ、自分たちもしっかり学習。だけで終わるわけがなく。発表会みたいにするらしい。そのコンテスト的なイベントとして立ち上げ企画、進行ももちろん勉強になるから。
「……今日、夜、練習しねぇ?」
「ダンス?」
「あぁ」
珍しいな。金曜なのに、飲み会行かないのか? って、俺が踊り下手すぎるのか。さすがに初歩ステップで足が絡んで横転は不安になるよな。
今日は、英次は面接って言ってた。あと、法律関係の、よくわからないけど、前の仕事の手続きみたいなのがあるから、帰りは少し遅いって。でも、都心に行ってくるから、俺の好きな野菜がたんまり入った五目がんもをお土産に買ってきてくれるって言ってた。俺の顔くらいあるんじゃないか? ってほどに大きながんも。子どもの頃の俺は、ほっぺた落ちそうって言いながら、そのがんもを食べたらしい。覚えてないけど、それ以来、その店の近くに用があれば必ず買ってくる。
「ん、いいよ」
夕飯はがんもと、あと、何がいいだろう。やっぱ魚? あったかな。冷凍庫に。いや、ないかも。なかったら、うーん、なんて夕飯の献立を考えていた。
日が落ちると一気に外の熱気が落ち着く。しっかり暑いんだけど、でもこれ以上はもう上がらないだろうっていう安心感からなのか、ホッとできた。
「俺、ダンス苦手なんだよ」
「……みたいだな」
クールキャラでもない。ただ、いつだって俺の中は英次のことでいっぱいだったから、英次のいない場所だとテンションが下がるだけの話。きっと英次が学校で皆に持たれている印象の話をしたら、腹を抱えて笑うと思う。
本当の俺はけっこうおっちょこちょいだし、なんでもすぐに顔に出る。英次なんて、俺の考えてること丸わかりみたいだし。わかんなかったのは、胸の一番奥で、一番大きなところにおいていた「英次が好き」ってことだけ。他は全部空気を伝ってダダ漏れしてた。
「なぁ、押田、もし、他の奴とペア組みたかったら」
「ねぇよ。それよりさ、凪」
「押田、ここのステップってさ、こんな感じ?」
「……」
面白よな。一番大事な「好き」だけ伝わらないなんてさ。
「押田? あの、ステップ」
「……」
「おーい! 押田?」
目の前で手を振ってようやく意識がしっかりしたのか、すぐ目の前にいる俺を見て目玉が飛び出そうなほど大きく見開いた。
「どうかしたか?」
「! な、なんでもない。っていうか、お前、壊滅的に下手だな!」
「うるせぇよ」
昼間よりも落ちついたように感じる道端の熱。大学の校舎の前、大きなガラス扉を鏡の代わりにして屋外でダンス練習をするには少しだけ暑かったのかもしれない。
押田の顔がほんのり赤くなっているような気がした。
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