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第29話 隅っこに、忘れ物
どのくらい練習してただろう。真っ暗になって、さすがにこの時間まで自主練してる奴らはいなくて、笑った。何これ、青春ドラマ? って、押田と、そろそろ帰ろうかと立ち上がる。
明日、これで筋肉痛になったら笑えるなって押田が屈伸してた。
夜になるとどこからか虫の鳴く音がして心地良い。まだ校舎のどこかに誰か残ってるんだろう、たまに人の笑い声がしてた。
芝生の上に放っておいた鞄を持ち上げると、芝の細かい葉がけっこうくっついてた。
英次はもう帰ってるかな。スマホには連絡来てないけど。っていうか、英次は連絡とかあんまりしてこない。俺がすぐにスマホを使うのを見て、現代っ子だなぁって、おじさんみたいなことを言ってるから。
今日、夕飯、英次と一緒に作りたかったけど、もう作り終わってるよな。
ダンスしてるのか? じゃあ見せてみろって言われたらどうしよう。英次はモデルを売り出す仕事をしてたわけだから、ダンサーの知り合いとかもけっこういるし、英次も踊れそう。っていうか、ダンスしてる英次見てみたい。見せてよって言ったら……確実に、俺もやれって強制されるんだろうな。そんで、上手く言いくるめられて、踊って、笑われるんだろうな。
腹抱えて笑うかも。
でも、ちょっと爆笑してる英次は見たいかも。
「凪、お前、すっごい! っ、下手! なのな!」
帰り道、押田がうちのあたりに用事があるらしく、同じ駅で降りた。ついでだから送ってやるって言われて、女の子相手にしすぎて、そういうの通常仕様になったのか? って言ったら笑ってた。
「うっせぇよ! 笑うなよ! 自分はできるからって、人の! そういうの! 笑うとか! 最低だかんな!」
「あはははは」
押田の高笑いが夜空に爽やかに広がった。どのくらい練習してたんだろう。途中バカな話ししながら、踊れないなりにステップ踏んで、そんで、押田がまったくって言いながらも教えてくれる。そうじゃないって並んで踊って。右左、右、なんかそればっかり口ずさんでたら、右と左がわけわかんなくなってきたくらい。
「女子に、クールでカッコいいなんて言われて、ツンキャラで大人気の凪のあの、華麗なステップ、動画でアップしたら、うちの大学ですげぇ話題になりそうじゃん。お前、金髪目立つから、画像荒くても一発で誰だか丸わかり」
「うっさいな!」
「あははは。怒ったって迫力ねぇよ。お前、まだ高校生って言ってもいけんじゃね?」
「いけるか!」
「だって、お前、スーツにネクタイよりも、ブレザーにベスト、とかのほうがよっぽど」
そこで想像したのか、ぷっと吹き出した押田の腹に軽いパンチを食らわした。そんなん似合ってたまるか。ブレザーにベストって、どこの坊ちゃんだよ。俺だって、大学卒業したら仕事するんだぞ。スーツに、ネクタイ……ネク……。
「たあああああああ!」
「うわぁっ!」
ネクタイ!
「なんだよ! 急にでかい声出すなよ。ビビるだろ。ホント、どこがクールなツンキャラなんだっつうの。凪、お前、その素の感じを……いや、そのまんまのほうが」
「やばい! 押田っ!」
は? って、押田がポカン顔してた。
やばいやばいやばい。すっごい! やばい!
「押田!」
「な、なんだよ。び、っくり、す、んだろ。覗き込むな」
ふいっと顔を逸らされた。でも、やばいんだって。完全に忘れてたんだって。鞄の隅っこにだって納まるような小さなもの。何本持ってたってかまわないだろって思って、本当に鞄の隅っこに仕舞い込んだままになってたんだ。
「凪さ、喉渇かねぇ?」
あの後、瀬古さんに遭遇したっていうか捕まって、英次が海外に行くかもなんて聞いてテンパって、新田さんと歩いてるとこをデートと勘違いして、告白して泣いて、追っかけて、ぎゅってしてもらって、嬉しくなって。幸せで頭の中も身体の端っこまで、嬉しいって気持ちでいっぱいで――完全に忘れてた。鞄の隅っこにしまったまんまだった。
「コンビニ寄って」
「凪!」
英次にプレゼントしようと思ってたネクタイ。
「……英次?」
夜空に閃光が走るような、そんな鋭くて、ハッとする英次の低い声。大好きな人の大好きな声に俺の身体は一瞬で全身使って英次だけに気持ちを向ける。
「え? あ、もしかして、凪の叔父さん?」
押田の声もどこか遠くなるほど、耳も目も、全部が英次にだけ向かうんだ。
「……帰るぞ」
こんなところで会えるなんて思ってなかったから、部屋まで我慢しないといけないと思ったから、だから、嬉しくて身体中が大喜びしてた。
「ごめ、押田。ダンスの練習、また明日。俺、喉渇いてねぇから。それに、英次が来たし」
「え? 凪?」
「バイバイ」
なんでなんで? なんで、ここに英次がいるんだよ。びっくりすんじゃんか。もしかして迎えに来てくれたりとか、した? したら、めっちゃ嬉しい。
「おかえり! 英次」
「おかえり、はお前だろうが……いいのか? 友達」
「うん。押田はコンビニ寄るみたいだし」
「……ピアス、くれたっていう友達?」
すげ、よくわかったな。って、そっか、押田はピアスはしてないけど、指輪とかネックレスとか自分で作ったのしてるから、気がついたのか。英次は人相手の仕事だから、そういうのめざといっていうか、観察眼がすごいっていうか。俺がしてたピアスとデザインに雰囲気が似てたんだろ。
あのピアスを作った友達だよって教えたら、小さく「ふーん」と呟いて、一度振り返って挨拶をしていた。
「なぁ、英次、俺さ」
「……」
「英次?」
なんだろ。俺の頭、何か付いてる? 葉っぱとか? ダンスの練習、校舎でやってたし、途中へばって中庭に芝生にごろ寝っていうか、不貞寝したりもしてたから。頭の上にあるのかわからないけど、とにかく、パッパと手で払った。
「英次? あの」
「……凪」
やっぱ、頭に何かくっついてた?
「?」
頭の上に乗っかった英次の手が温かい。
「……なんでもねぇよ。んで? 何? なんか、嬉しそうだったけど」
「あ、うん! あの、あー……」
ちょっと、なんか、色々飛び跳ねてた。気持ちがさ。
「あとで、な?」
英次が不思議そうにしてた。その顔が可愛くて、ちょっと、キスしたくなった。でも、家まで我慢。人に見られるわけにはいかないし、それにネクタイは別の鞄の隅っこにポツンとしてるから。
――おーい。俺のこと忘れてない? ネクタイ! ここに置いてけぼりですよー!
そんな声が聞こえてきそうな気がした。
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