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第36話 同年代

 ヤキモチ、なんてどうしたらいいのかわからない。 今まで、ずっとしてた片想いで、もやっとすることはたくさんあった。英次に彼女がいたのは知ってるし、何人か会ったことあるし。その度にへこんでた。羨ましくて仕方なかった。  でも、両想いになってするヤキモチはあの時のとは全然違う味がする。甘くてどろりとしてて、喉の辺りに絡みつく感じ。水やお茶を飲んでも、喉奥にずっと残り続けるこってりとした甘さ。  両思いだからそう感じるのかな。  っていうか、両思いって、英次にすっげぇ……似合わない単語だ。英次に似合いそうなのって、やっぱ、恋人、とか? 「おーい! 藤志乃―!」  俺が、その、恋人。 「おぉ……」  びっくりした。廊下を歩いていたら、いきなり、ほとんど話したことのない別の科の奴に手を振って苗字を呼ばれた。たしか、押田の友達だ。俺は、ぶっちゃけ友達って認識があんまなくて。だから、ちょっと返事がぶっきらぼうになった。でも、向こうは何も気にする様子もなく普通だ。 「なぁ、なぁ、あのさ、押田って、彼女できたん?」 「え?」  何も気にすることなく、そいつはいきなりそんなことを訊いてきて、俺はびっくりした。 「押田!」 「……あぁ、凪、さっき、映像科の奴が来たんだけどさ」  教室に飛び込むと押田が俺を見て、視線をすぐ手元に戻した。 「あ、うん」 「一応立ち居地は連絡した。今日講義が終わったあとにダンス見てみるか? ってむこうに訊いたけど、今日、金曜だからいいってさ」 「あ、そっか。わかった」  金曜だもんな。そりゃ明日休みなんだ、ぎゅうぎゅうに講義の入ってるうちの大学じゃあ、週末くらい羽を伸ばしたい。 「っていうか! そうじゃなくて!」  そう、金曜じゃん。いつもの押田だったら、月曜からずっと楽しみにしてる金曜じゃん! 「お前、飲み会とか、最近行ってないのか?」  金曜の飲み会まで待ちきれず、水曜あたりに自分主催で飲み会を開いたりするような奴じゃん! それが、最近、誘っても断ってるって、さっき声をかけていた別の科の奴が言ってた。何がどうしたんだよ。なぁ、今、俺の目の前にいるの、押田だよな? 顔、一緒だけどもしかして別人? 思い返せば、最近、飲み会の話どころか女の子のことすら話さなくなったかもしれない。俺は興味なかったから「はいはい」って頷いてるだけであんまり聞いてなかったけど。いつからだろう。そういえば、押田が飲み会のことを話さなくなった。 「あー、まぁ……そう、かもな」 「なぁ」  マジで? あの、女の子大好きだった押田が? 「なんで?」 「それは……」  なんだよ。急に腹でも痛くなったのか? 苦しそうな顔して。もしかして、ダンスが成功するようにって願掛けとか? んで、女子禁断症状でも出たか?  なんて、そこまでダンス頑張んなくちゃいけないわけじゃないし、メインの目的はダンスの成功じゃなくて、舞台っていう空間の使い方を覚えることなわけだから。でも、そんなバカなことを考えるくらいには押田がおかしい。女の子大好きな押田が女の子に無縁な生活とか、おかしすぎる。 「とにかく! わかった! 今日はダンスの練習なし!」 「は? なんで?」 「なんでも! お前、最近、根詰めすぎ!」  けっこう心配されてたぞ、押田。俺も心配してる。だってさ、最近の押田はずっとテンションが低空飛行状態じゃん。着水しないにしても、そのままズブズブと海底に沈まないにしても、ずっと水面ギリギリって感じでさ。 「だから、ぱーっと遊んで来いよ」 「……」 「さっき、お前がよく一緒に飲み会開いてた奴に声かけられたんだ。もし彼女がいるとかじゃなかったら、また飲み会来いよって、言ってたぞ」  きっと、騒いではしゃいだらすっきりするって。そんな悶々と考えてると、思考はどんどん内側に入っていくから。だから、外に向かうのが一番だ。人生最悪の日を経験して、そんで英次にずっと片想いで悶々し続けた俺が言うんだから間違いない。 「お前は人に迷惑かけるくらいでちょうどいいよ。俺に、いらないっつってんのに、女の子もいる飲み会に誘うくらいでさ」 「……」 「な?」  ホント、今の押田はおとなしすぎて、まるで別人だ。もっと、俺が溜め息ついて、スルーしたくなるくらいでちょうど押田っぽいんだからさ。だから、今日はダンスの練習なし。映像科と打ち合わせしたかったけど、それも無理なんだし、今日は金曜で週末で、羽伸ばすための日ってことで、ここで解散。そう思って、鞄を手に持った。 「凪っ!」 「んー?」  今日は久しぶりのひとり飯だから、何にしようかなって。英次、帰って来てから何か食うかな。そしたらご飯炊いとく? あ、そしたら、帰りにスーパーで刺身とか買って、ひとり豪勢に海鮮丼! とか? 「じゃあ、凪が付き合えよ」 「へ?」 「……飲みに行くの」 「ぉ、俺?」  そういう場所は苦手だ。大学のまぁ大人じゃないけど、大人の事情みたいなもので付き合いとして数回、数えるほどしか顔を出したことがない。そういうこともあって、クールキャラなんて言われたくらい、居酒屋とか得意じゃないけど。 「……ダメ、か?」  押田が苦しそうだった。 「……いいに決まってるじゃん!」  そんな顔されたらヤダなんて断れないだろ。何か思いつめてるのはわかるし。そういう顔してる時がどんだけしんどいのかは、俺はきっと押田の友達の中でもよくわかってるほうだと思う。  だから、押田が笑ってホッとした顔をしてくれて、嬉しかったんだ。少しでも友達の役に立てたら、すげぇ、嬉しいからさ。 「ちょ! 押田!」  嬉しい。そう思ったのに。 「おーしーだ!」 「なんだよ。凪、飲んでるか? イタ! グーパンすんなよ!」  グーパンチするだろ! なんだよ! これ! 「えぇ? なになに? 藤志乃君ってけっこう可愛いキャラだったりするの?」  女の子の高らかな笑い声が居酒屋に響いた。それと、押田の、つい数時間前とは別人のような楽しそうな笑い声。 「押田っ!」  なんでこうなるんだよ。これ、普通にいつもの飲み会じゃんか。たぶん、俺は参加したことないけど、女子がいて男子がいて、知らない同士でなんかそういう人を探すための飲み会。 「もぉ……」  これ、どうすんだ。しかも、大学の近くだから、つまりは英次が今行っている歓迎会とも近いわけで。  俺が場所を決めたわけでもないのに、なんで、英次がいるほうの駅なんだ。どーすんだよ。そう胸の中で呟きながら、辺りをぐるっと見渡して、ふと違うなぁって思った。  同年代の飲み会ってこんななんだなぁって、そう思った。

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