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第44話 友達として

 理解はしてない。納得もしてない。でも、友達なのは変わらない、そう言ってくれるだけで充分だった。すごくありがたかった。  押田が一日中明るかった。俺は、その笑顔の内側で何を思っているのか、わかるから、すごく痛いくらいにわかるから、だから、普通にしてた。 「あ、そだ。凪、ライン見てねぇだろ。既読ついてねぇ」 「ぇ? なんかあったっけ?」 「やっぱ見てないか。まぁ……だよな」  昨日はスマホ、一度も見てないんだ。ごめんって小さく呟くと、苦笑いを返された。ごめんなんて言っても、何もやわらがないのを俺はよく知ってるけど、つい、そう言っていた。  押田が俺と英次のことが原因で離れていくとしたら、それは仕方ない。理解してもらおうとは思ってない。そりゃ、してもらえたら嬉しいけど、ただの友達ならそうしてもらいたいけど、そうもいかないのはわかるから。 「今日、ダンスのことで映像科の奴らとミーティング。照明のとか色々、ほら、この前無理だったろ。マジでそろそろ打ち合わせしないと」 「あ、うん」 「今から、平気?」 「うん」  面倒な打ち合わせはさっさと終わらせちまおうって、押田が足早に階段を駆け下りる。俺もそれを追いかけて、いつも練習場所にしてた大きなガラス扉のある棟へと向かった。  映像科、それに他にも音響とか、どの科もいつもとは違う分野を担当する。そうやって、互いの仕事がどう組み合わさって、舞台の上に「表現」のひとつとして成立しているのかを体感する。 「こんちは。えっと、映像科の」  待ち合わせ場所に行くと、誰か立っていた。背、高い。英次くらいあるかもしれない。 「いや、俺は声楽」  浅黒い肌に短い黒髪。目つきはするどい。でも、声は、澄んだ綺麗な声をしてた。低いけれど怖い感じじゃなくて柔らかくて優しい響き。でも、声楽の奴にしては小さな声だ。  うちの大学は大きく二つに分けられる。音楽部と芸術部。そんで、今俺たちが取り組んでいるカリキュラムは芸術部で行うやつで、音楽部はたぶん、音楽関係の奴らと色々、似たようなカリキュラムに取り組むはずなんだけど。 「あ、えっと、うちら、芸研なんだ」 「あぁ」  いや、「あぁ」じゃなくてさ。ここで音楽部の奴らも待ち合わせなのか? ツンとした猫目。それに黒い服のせいかもしれない。とっつきにくいと思った。 「あ、あの」  身長はあるけど、すげぇ細い。縦長って感じ。声楽って、オペラ歌手とかミュージカル俳優になる奴ばっかだから、もっと胸が厚くて、しっかりした体格の奴らばっかりかと思ってた。っていっても、知り合いなんてひとりもいないんだけど。そして、これからも関わる確率はとても低いだろう音楽部声楽科。たしか、声楽って、すげぇ良いとこ出身が多いんじゃないっけ? 別名セレブ科なんて言われてる。 「俺は声楽の、三嶋(みしま)」  名前は三嶋。って、別に俺はあんたの名前を知らなくてもいいんだけど。だって、関わりねぇし。 「あんたが、藤志乃?」 「え? なんで、俺のこと」 「知ってる。それで……」 「?」  俺を知ってるっていうか、俺の名前だけ知ってたっぽい。マジマジと頭のてっぺんから足の先までじろりと見られて、とても居心地が悪い。 「お待たせ! 映像科の川澄です。あと、もうひとり、カメラ持ってくっから。あ、もう来てたんだ。三嶋。そいつ、声楽なんだけどさ、俺らの班に混ざりたいんだって。見学。なんか、すげぇ良いカメラ貸してくれるっていうからさぁ。特別参加? 特に舞台には上がらないし、裏方の仕事っぷりが見てみたいんだとさ」  その川澄っていう奴は眼鏡のサイズが合ってないのか、話ながら何度もズリ下がってくる眼鏡を指先で直してた。そして、人懐こい笑顔で、その感じの悪い三嶋って奴もこの班にゲストとして参加すると言っていた。  いや、若干、無理だろ。なんで、セレブ科の奴が乱入してくんだよ。声楽科っつったら、超エリートじゃん。雑草とか見たことないレベルだよな? そんなところの奴が参加するとしたら、ダンスがべらぼうに上手い別の班だろ。  なのに、なんで、ここ? 敢えての、ここ? 普通は高レベルの別んとこ行くだろ? それとも王子様、庶民の芸を見学してみたくなったの巻、とか? 勘弁だろ。 「凪、あいつのこと苦手だろ?」 「……押田」 「ほら、お茶」  休憩の間、俺は映像科含めた舞台班の打ち合わせを遠くで眺めてた。だって、その話の輪に主人公みたいな感じで、セレブ科の三嶋が陣取ってて、いにくかったから。 「まぁ、俺も苦手だけど。セレブ科だもんな」 「……うん」  しかも、あの無口、ホント苦手。俺もあんまりしゃべるほうじゃないから余計にダメだ。そもそもセレブっていうだけで近寄りがたいし。 「押田は誰とでも友達になれんじゃん」 「まぁ、そうね。凪は人見知りだもんなぁ。それが俺には懐いたから、ほだされたっつうかさ」 「……ごめん」 「そこで謝られると、なんか、俺、めっちゃ切ないキャラじゃん。やめてよ。そういうのキャラじゃないし。まぁ、応援までは無理だけど、そこと俺らの友情は別だと思うんで」  俺は人見知りもあるけど、仲が良い友達って言えるのが押田だけなのは、それだけじゃないんだ。押田だから友達になれたんだよ。だってさ、どっか、やっぱ距離を置こうとする自分がいるんだ。  自分の好きな人のことを知られた時の反応を思うと、友達の距離まで近づけない。勝手に、どうしても自己防衛したくなる。  押田だからだよ。押田がすげぇ良い奴だから友達になれたんだ――なんて、今言っても、悲しい気持ちにさせるだけだから。  向こうで話し合っている映像科のひとりが押田を呼んだ。俺よりもダンスが上手いし、やっぱり人慣れしているから場を仕切るのがめちゃくちゃ上手い。俺には到底できそうにない。そういうとことも含めてすごく尊敬してる。  地べたに座っていたせいで、草の付いた尻を手で叩き、小走りで輪に混ざるのを眺めてから、もう空になったお茶の缶を捨てようと俺も立ち上がる。  今日は、夕飯何にしようかなって考えながら。ふたり分のメニューで、仕事で疲れてる英次にスタミナ満点なやつを食べさせたいなって。 「普段、リストバンドしてるっけ?」 「え?」  缶を捨てようと伸ばした手を横から出現した浅黒い肌色の手に掴まれた。

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