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第48話 花火の一瞬ごとに
英次に楽しんでもらいたいんだ。もっとたくさん、笑顔になって欲しい。社長の仕事もイヤイヤやっていたんじゃないとは思う。でも、もうあんなに仕事しないといけない毎日には戻って欲しくない。
いつか、あれじゃ身体を壊す。親父もきっと天国で今頃ホッとしてると思うから。
「英次―! 見て! ほら、すげぇ!」
「あぁ」
両手に花火を持って公園を軽く一周した。シューッと音を立ててどんどん燃えていってしまう花火を持って、両手をブンブン振り回して。綺麗かなって。光の線が走り回って、英次を楽しませられるかなって。
「なぁ、英次、もっと買っとけばよかったかも」
「たんまりあるだろ」
近くの公園でリーマンになった英次がビールのロング缶片手に笑ってる。
「えー、でももう三分の一終わっちゃったじゃん」
「まだ、三分の二あるだろ」
ジャケットをベンチに置いて、シャツの袖まくって、ネクタイをだらしなく緩めて。社長をしていた頃にはしなかった格好で、しなかっただろうことをしてる。公園で花火なんてさ。
「うわっ! これ、色変わった」
「あぁ、綺麗だな」
着火した時は赤い火花だった。それが火薬を燃やし進めていくうちに緑になって、白になった。そして、最後、フッと消えるように真っ直ぐ飛んでいっていた火花がなくなって、一瞬、俺の目の前も真っ暗になる。鮮やかな閃光が突然消えたことに、目のほうが追いつかなくて、見失うんだ。
「あ、終わった……」
燃えカスだけを先に少し残した花火の棒をバケツの中へ押し込んだ。
次はどれにしよう。また色の変わるのにしようかな。本数少ないけど、これが一番長く火がついてるから。
「ねー! 英次も、一緒にやろうぜ」
「あぁ、からあげ食ったらな」
「ぇ? ちょ、俺のは?」
「あるよ。一個」
はぁ? なんで、一個なんだよ。半分残してっつったじゃんか。
慌てて駆け寄ると、クスクス笑いながら、俺の口の中にすごい大きなから揚げを放り込んだ。
「ひへへへ、ほけは、ふはんはいはん」
「ぜっっんぜん、何言ってるかわかんねぇよ」
だって、英次がでっかいから揚げを俺の口ん中に突っ込むのがいけないんだろ。急いで噛んで飲み込んでようやく口の中が空っぽになった。
見てるだけじゃつまんないじゃん。
そう言いたかったんだ。
「楽しいよ」
「……英次」
「お前が楽しそうにしているのを見るのは楽しい」
長い指が俺の前髪を摘んでる。ただそれだけのことでも、なんかドキドキする。最近の英次は丸ごと、目の毒だ。シャツをルーズに着ているだけで、心臓が騒がしい。
「一緒にやろうぜ。花火」
「寄り道って何かと思ったら、まさか、花火とはな」
「や、だった?」
「いや、凪がまだ小さかった頃にもやったっけって思い出してた」
俺はあんまり覚えてない。でも、花火に火が灯った瞬間、いきおいよく飛び散る火花を怖いと思ったのは覚えてる。ドキドキして、着火したって思った瞬間に俺自身飛び上がって、余計に危ないぞって英次に言われた。俺の背後にしゃがんだ英次がいて、英次自身を椅子代わりに思いっきり寄りかかってた。覚えてるのはその胸の広さ。
「でかくなったなぁ」
「なにそれ、いっつもチビって言うクセに」
前だったら、今の英次の台詞に少しへこんでたかも。でかくなったなぁって、思いっきり親戚の言いそうな台詞を英次に言われるのはイヤだった。完全な甥っ子扱いで、それ以上でもそれ以下でもないって言われてる気がして、切なかった。
「あぁ」
すごく穏かに笑ってる。
「英次?」
そんなに見つめられると、顔、赤くなっちゃうって。今、夜の公園で見えにくいかもしれないけどさ。真っ直ぐ、見ないでよ。
「前は務めて叔父らしいことを言ってた」
「……」
「そうやって、叔父になるよう努めてた」
ぎゅっと言葉で自分を引っ張って、押さえ込んでた。自分の中にある感情をけん制することに一生懸命だった。
「でも、今は、同じことを言っても、苦しくならないんだな」
「英次……」
「んな顔するなよ。ここで襲いたくなるだろうが。ほら、花火、どれやるんだ? まだ、線香花火って感じじゃないだろ。打ち上げにすりゃよかったかもな」
英次がスクッと立ち上がり、手に取った一本。俺、それ一番好きなんだ。パチパチって火花が本当に花みたいに弾けて綺麗でさ。
「英次」
「んー?」
叔父してた頃の英次も、今の英次も変わらず優しい声。でも、今のほうが甘い。優しくて甘くて、低い声に心臓は飛び跳ねて、パチパチってこの花火みたいに光を点滅させて喜ぶ。
あっという間に消えてちゃうところが切なくて綺麗な花火。夜空を、夜道を明るく照らしてくれる一瞬が愛しい。
「ずっと、大好きだよ」
そんなふうにすぐになくなってしまう光が寂しいって感じたりもする花火だったけど、今は消えてしまうのすら愛しいよ。
「凪……」
火花が消えて、辺りは真っ暗になる。鮮やかで激しい閃光がパッと消えるとさ、人の目はくらんで何も見えないから。だから、ここでキスしても、皆はさっきまであった明るさに戸惑ってくれて、良い目くらましになるんだ。
ほら、今だ。
「好き、英次のこと」
英次のワイシャツの袖をクンって小さく引っ張って、俺は背伸びしないと届かない唇を呼んで、触れた。
「……好き」
花火の合間にキスできるから、手持ち花火が終わる瞬間すら嬉しいものに変わった。
「どーすんだ、これ」
目くらましは一瞬。もうキスを終えて、目を開ければ小さな街灯の明かりを頼りにちゃんと見えてしまう。英次のことも、その表情も。
「え? 何が? なんか、まずかった?」
「あぁ、まだ、三分の二残ってんのに、帰りてぇ」
「……」
「でも、まぁ、いいか」
笑ってる。すごく嬉しそうに笑って、我慢するのも楽しいし、我慢した後はたんまり楽しいだろうから、って、笑顔だった。その胸に青空がある気がする、鮮やかな晴れみたいな顔をしていた。
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