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第50話 自分らしく

 舞台っていう限られた空間を一番よりよく見せる方法。俺は三嶋みたいに上手に踊れない。人を魅了することはできない。舞台に立ってるだけで、あんな存在感は出せない。でも、前に講義で教わった。空間の使い方を駆使したら、押田メインでさ、照明を工夫したら、イイ感じに見れないかなって。  ――あのさ! 急ですっげぇ悪いんだけど、ふたつ、変更できないかな。  今? このタイミングで? って皆が目を丸くしてた。  ひとつは衣装。押田を真っ白な衣装に替えた。そこだって、舞台を演出するためには必要な小道具だろ? そんで、俺の衣装は真っ黒にして、三嶋に少し手伝ってもらったんだ。声楽とかならさ、オペラの練習とかあるかもしれないだろ? そしたら黒いドレスでもマントでもいい、できるだけ大きくてぺらっぺらの布を借りた。黒がいいんだって、ワガママ言って、三嶋に用意してもらった。  もうひとつ変更したのは立ち位置だ。  最初は変わらず。そんで、ダンスの途中で俺は舞台の端、しかも奥へと下がる。押田は反対側の前方。そこで同じ踊りを踊るんだ。左右対称にして。俺ならできるよ。覚えたばっか。しかも不器用だから感覚じゃなくて、右手は上、左手は前、右足は……って解説で覚えてるから大丈夫。集中してやれば間違えない。もしも間違えたのなら鏡合わせになることを諦めればいい。  これは勉強のひとつなんだから。  舞台の端、前と後ろ、そして空いた空間に向かって踊る、白い光と黒い影。奥行きもでる。俺は布を被って本当に黒い影となって踊るから、視線がバラつくこともない。舞台中央には意味ありげな空間。  前に講義で空間の使い方に関して勉強した。その時に思いついた構図だったんだけど、そこからバタバタしてて、押田にイメージを伝えたかったけどそれもできなかった、俺の舞台アイデア。  深呼吸して、本番なったらもう、そっからはあっという間だった。たったの数分。俺は息をするのさえ忘れて、押田の影に鳴って踊ってた。  ――トン……。  着地のタイミングと同時に曲が終わって、空気が止まったように、空間が静止する。  そして、俺たちの発表が終わった。 「はぁ」  溜め息みたいな吐息がひとつ舞台に響いたら、たくさんの拍手が沸き起こったんだ。俺も押田も息を切らせながら、舞台の前に出て、そんで同じ班の奴らも並んで、一礼する。もう一度顔を上げると更に大きな拍手が俺らを包んでくれた。 「あれ、けっこう評価高いだろ!」 「だな! 先生、ちょっとマジでびっくりしてなかった?」 「してたしてた、ヤバい!」  皆少し興奮してた。俺もちょっとドキドキして、そんで楽しかった。踊りはまぁ、あれだけど、でも、英次のおかげだ。俺は俺って、言ってくれたから。だから、緊張したけど、自分らしく踊れたと思う。小さいながらに考えた、小さいからこそできる演出ってやつ。長方形の限られたスペースを自分なりに最大限使えたと思ってる。 「凪、すげぇな」 「……押田」 「あの土壇場でいきなり変更とかビビったけど、でも、それも良い緊張感になった」  でも、きっと押田がパートナーじゃなかったら、あんな上手くできなかった。ずっと俺のド下手な踊りを見て、教えててくれた押田だったから、あんな鏡みたいに、ぴったりと、位置がズレてるのに合わせられたんだ。  俺、一回、タイミングすっ飛ばしてる。  それを押田は見てすぐに合わせてくれたんだ。俺が五回に一回、位は間違えるとこをちゃんと覚えて注視しててくれた。 「押田とだったから、上手くできたんだ」 「……」 「ありがと」  俺を見つめる押田の顔が強い夕陽に照らされてた。 「……はぁ」 「な、なんだよ!」 「やっぱ、可愛いなぁって思ったんだよ」 「は、はぁ? おまっ、ま、まっ」  何言ってんだ。俺は可愛くねぇし。それに、そういうのは、困る。すごく、困るんだ。 「これ、よくね?」 「え?」 「指輪の新作、すっげぇごっついのにしてみた」 「……あ、うん。かっけぇって思った」  いつもとちょっと違うデザイン。荒くてごつくて、男っぽい。 「俺に似合う感じにしたんだ」 「そうなんだ」  今までは、今回のに比べると中性的なデザインかも。ユニセックス寄りで、女の子でも服を合わせたら全然違和感なく身につけられそうな感じ。 「これは……凪の指には合わないだろ?」 「……え?」 「俺らは打ち上げだけど、ほら、凪は帰るんじゃねぇの?」  今までのは俺の指にも合う指輪、だったのか? いつも押田が作ってたアクセサリー。毎回、新作ができると教えてくれた。結構人気で、売ってくれって言われてたのを何度か耳にしたことがある。そんな作品を出来上がる度に俺に一番に見せてくれてた。 「待ってるんだろ?」 「……」 「帰れば? ほら。お前が飲み会いっつも来ないって、もう皆わかってっから、ブーイングなんてならねぇよ。なっても、別に気にしないだろ? お前」  しないよ。だって、親友がひとりいれば、俺はそれで充分だから。 「難しいよなぁ。嬉しいけど、悔しいし」 「……押田」 「ほら、早く行けって」  肩をぐいっと押された。少し乱暴で、男友達って感じの雑な押し方。 「藤志乃? 打ち上げ行かないのか?」 「あー……」 「いいのいいの! こいつ、これから用事があんだ。ほら、三嶋はセレブだから、大衆居酒屋とか行ったことないだろ? 俺らが、庶民の味を教えてやるから!」 「ちょ、押田。藤志乃!」  三嶋がぐいぐいと引っ張られながらも振り返った。 「今日の舞台! すごくよかったと思う! やっぱり、お前はっ」 「ほら、長居は無用だっつうの! 凪! また、来週な!」  まだ話したそうだったけど、押田が強引に連行してった。 「……また、来週」  最新作の指輪のことを教えてくれた。押田の指にだけに合うごつくてカッコいい指輪。すげ、嬉しかった。いつもみたいに指輪のことを教えてくれたのも、ダンスのこと、俺に合わせてくれたことも。 「……またな」  英次のところに早く帰れって言ってくれたことも、すごく、嬉しかったんだ。実はさ、誰にも言えないけど、本当は、ぶっちゃけ早く帰りたかったんだ。  英次に言いたかった。  俺が考えた構図で踊ったこと、けっこう評判がよくて、先生たちが拍手してくれたこと。三嶋みたいに長い手足はなくても、いいダンスを披露できたこと。たくさん、英次に話したいことがあるんだ。 「英次! ただいま!」  いっぱい。 「おぅ、おかえり。今日は寿司にしたぞ。手巻き寿司。ひとり暮らしじゃしないからな」  いっぱいあったのに、英次に会いたくて、会ったら、その笑顔にぎゅっと心臓がときめいて、言いたいことが溢れかえりすぎて、最初の言葉でつっかえたよ。

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