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第59話 スカウト

 あんなこと言われたって困るっつうの。  教室の長机に突っ伏しながら、前の席に誰もないから、気兼ねすることなく両手を前にグンと伸ばす。あの時、両手で三嶋のことをぐいぐい押して追い出したいと思った。  心が狭いって言われてもいいから、英次のこと連れて行かれたくなかった。  でも、あいつのダンスは、すごかった。人を魅了する力があるって、あれを見たらすぐにわかる。 英次は目が肥えてるからきっと俺のスマホの中にある動画を見ちゃったら、前の仕事に戻りたくなるかもと思って隠した。見せてない。 「……はぁ」  でも、三嶋の言葉がチクチク刺さる。見せて、そんで、それでも英次がいや、受けないっていうかもしんないじゃん。せっかく見つかった仕事なんだ、放り出さないと思う。思いたい。  才能があるからって、英次がプロデュースするとは限らないだろ。今の社長に預けるかもしれない。知り合いに紹介するかもしれない。  けど、もしそうしたら、三嶋の望む、家も経歴もなんも関係ない、素の自分ではステージに立てないかも。なりたい自分にはなれないのかも。 「なぁに夏休みが始まる前日に溜め息なんてついてんだよ」 「アタッ」  顎を机の上に乗っけてグダグダとしていた俺の頭がパコンとはたかれた。 「押田」 「よぉ、早く学食行かないと売り切れ出るぞ。そんでなくても明日から夏休みだから、今日はランチ余らないように作ってるとか、他の科が噂してた」 「マジで?」  そしたら学食いかないとダメかな。 「なぁ、あいつ、お前んち行ったか?」 「ぁ! お前! 教えただろっ!」 「やっぱ行ったか」 「来た。そんで、今朝、殴り込みに音楽部に行った」  押田が眉を上げてひょうきんな顔をした。すげぇ場違いな気がした、お上品な音楽部、ところどこで色々な音楽、レゲエだって聞こえたけど、でも、その中にあっても、声楽科はすごくセレブな感じがして、正直、窮屈そうだ。三嶋にも窮屈、かもしれない。あいつ、両手足すげぇ長いから。 「……」 「……どうした。凪」  どうしたって、そんなん、どうしたいんだろ。 「わっかんねぇよ! っつうか、お前のせいでもあるんだかんなっ!」  俺の頭をはたいたことと、個人情報漏洩ってことで押田の肩に軽めのパンチを一発食らわせると、あははって呑気に笑ってやがる。こっちは笑ってられなかったんだ。びっくりしたし、あんなこと突然言われて、心の狭い俺と、あいつの友達としてちゃんとしようぜって思う俺が戦ってる。 「なんか切羽詰ってたっぽいからさ、俺てっきり、お前に告るとかかと思って、教えてやんねぇってなったんだけどさ」 「んなわけねぇじゃん。そう男が男の俺に……」  惚れるわけねぇって言いかけて、止めた。 「っぷ、お前なりに気使ってんの?」 「なっ! だって!」 「気にすんな。つか、俺、相当ひどいこと言っただろ。普通、あれ、キレたっていいレベルだ」 「そんな……」 「あんな言葉を勢いで言った俺に、お前は気なんて使う必要ねぇよ」  そんなことない。俺のことちゃんと思ってくれたから、ああ言ってくれたんだろ! なんて、俺がフォローしたって押田にしてみたら、苦笑いにしかならないよな。だから、何をどう言えばいいのかわからなくて、言葉を探して、でも見つからなくて、口をつぐんだ。そんな俺を見て笑って、頭をまたパコンってはたく。俺ははたかれて乱れた髪を手ぐしで直しながら、申し訳なくて口を屁の字に曲げる。この「申し訳ない」っていう気持ちすら、押田にしてみたら苦笑いを零す理由のひとつにしかならない。 「あ、そうだ。三嶋のこともだけど、俺、夏休み中は連絡取れねぇからな」 「へ? え? なんで?」 「プールでバイトすんの。海がよかったんだけど無理だった。満員」  それで、バイト先でかっわいい巨乳の彼女作るからって笑ってる。 「そう俺も切ない片思いとかしてたくねぇし」 「……」 「お前くらいだよ」  そんな長い間、ずっとひとりを想って、ずっと切なくても悲しくても、それでも好きでいるなんてって言われた。 「俺はもう切り替えて次に行く」 「……」 「夏休み明けには完全にふっきれてるからさ。三嶋の件頑張れよ」 「……」  やっぱ、押田は優しい。 「ありがと」 「お礼いらねぇよ。礼くれるよりも、俺と付き合ってくれ」 「バッ!」  あはははって笑って冗談にしてくれる。押田はワガママを言わない優しい奴。俺はどうしても諦めたくなかったワガママだ。 「ほら、学食行こうぜ」  そして、今までと変わらずでいてくれる。 「お前は? 夏休み何かしてんの?」 「んー、まぁ普通に今までと変わらず、かな」  廊下に出て学食に向かうと心なしか皆の表情がはしゃいでいるように感じた。明日からの夏休みが楽しみで、めっちゃ遊びたいって今から気持ちだけは明日にいっちゃってる感じ。  押田はプールでバイトと巨乳の女子、か。俺も何かバイトとかしたら、よかったかも。 「おーい! 押田! 藤志乃!」  背後から声をかけられて足を止める。呼び止めたのはうちの科の先生だった。 「まだ昼飯前か?」 「あーはい」 「悪いが、ちょっといいか?」  押田に話があるんだと思って、学食の席を取っておこうかなって、一礼してその場を離れようとしたら、俺もだって止められた。  別に何も悪いことなんてしてないけど、急に先生にこんなふうに呼ばれたら、自然と身構えてしまう。 「お前たち、この前のダンスのあっただろ?」 「あー、はい」 「あれの評価がえらいよくてなぁ」  身構えていた俺とは反対に、のんびりとしていた押田は先生の言葉にぴたりと動けなくなっていた。

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