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ケモ耳SS 2 マイビースト
ヒゲも髪の毛も一緒くたに繋がった、まるでライオンのたてがみのようなカツラをして、鼻先にはご丁寧に本物の獣みたいなヒゲつきマスク。目元には濃い舞台メイクをして、一見したら誰だかわからないくらい。
「英次……?」
頭には大きく湾曲した本物のようにしか見えない立派な角。それと獲物が立てるわずかな足音でさえ聞き逃すことのなさそうな大きな耳。
「お前の部屋に行く途中で拉致られた。数人がかりで羽交い締めにされて、あっという間にこれだぞ?」
あ、でも声が英次のまんまだ。
文句を呟く、その口には獲物を一度捉えたら二度と離すことのない立派な牙まで生えている。
「ったく、ホント、ここの連中は……」
「……っぷ、あはははははは」
「笑いやがって。こっちは一瞬ビビったぞ。誘拐されんのかと」
うん。ごめん。だって、鼻先が真っ黒で無骨な本物の獣みたいな英次の小言がなんか可愛かったんだよ。
そういえば、今日は彼氏は来るのかい? って、隣の隣、ジョーンズと同じ特殊メイクの勉強をしているって奴らに訊かれたっけ。
俺は来るよって言って、でもその前に美女と野獣の舞台で裏方のバイトが入っているんだって話した。大好きな話だから、裏方の仕事で関われて光栄でって、はしゃぎながら言ったんだった。
「ぶん殴って逃げようかと思った。でも、あいつらが、お前へのクリスマスプレゼントになってくれっていうから、そんなの言われたら、仕方ねぇだろ。お前、好きだろ? 美女と野獣」
「え?」
「だから、野獣に変身して欲しいって言われたら、な」
なるほど。たしかにその不恰好で大きすぎる鼻先は美女と野獣の彼そっくりだ。
「っはぁ、このマスクあっついな」
そんな文句と一緒にマスクを外した。本物だ。しかめっ面の英次がいる。
「っぷ。ねぇ、英次、鼻先だけすっぴんだから変だよ」
「あぁ? ホントかよ」
「うん。洗面所の場所」
「わかってる」
もう秋に一度ここへは来ているけれど、数ヶ月ぶりだから忘れてるかと思った。案内しようと立ち上がると、場所はわかってると英次がひとりで洗面所へ向かった。大きな背中をこうして見るの、久しぶりだったから、なんか、眩しい。
「こっちは、やっぱ寒いなぁ」
水の音に混じって英次の声がする。
「そりゃあね。ねぇっ、英次、それ舞台用のじゃないと落ちないかもよ」
「お前のお友達がご丁寧にそれ専用のクレンジングを貸してくれた。あとで返しておいてくれ」
電話越しじゃない声をもっとちゃんと聞きたくて、目を瞑った。低くて、メリハリのきいた良い声。瀬古さんとかがいる時はぶっきらぼうでちょっと高いかな。強い声の色。でも、俺とふたりきっりの時は、力がひとつも入ってないから逆に低いんだ。低くくて、電話越しだとたまに聞き取りにくいほど。落ち着いたその低音が心地良いから、目を瞑って耳にだけ意識を集中した。
「眠いのか?」
「!」
水の音が止まったと同時に耳に飛び込んできた、さっきよりも近い低音。
「ンっ……ん」
目を開けたら、すぐそこに英次がいて、キス、された。
「ン……んんっ、ふっ……ン」
顔を洗ったばっかりの唇は瑞々しくて、ひんやりしてた。暖房と、英次がいてくれることにちょっと浮かれた俺にはそれがやたらと冷たくて、ゾクゾクって、過剰なくらいに震えてしまう。
それに、牙?
深く口付けを交わすのに、さっきから何かがやんわりとだけど唇に刺さる。
「ン……」
あぁ、やっぱ、牙だ。キスを終えて、離れた唇の端から覗く白い牙。
「元気に、してたか?」
「う、ん」
「美女と野獣の舞台で今日は仕事だったのか?」
「うん」
「映画、一緒に観たっけな」
「う……ン」
頷きながら、キスの時に刺さった牙に自分の指を押し付けてみた。痛いのに気持ちイイ、ちょっとだけ尖った先端。
「懐かしいな……」
血縁者の英次を好きになっちゃった俺を野獣に重ねて、そんな醜い俺に好かれちゃった、美しい人が、英次。物語の中で、二人は強い愛情で結ばれるのが羨ましくて、憧れの展開だった。だから映画がディスク化されるとよく自宅で観てたんだ。英次は知らないだろうけど、俺はそこに、いつか自分の恋もあんなふうに実りますようにって、切な願いを乗っけてた。
「っぷ」
「あんだよ」
笑うと、英次がムッとした。
「ごめんごめん。なんかあいつら勘違いを」
「?」
「俺が野獣なのに、英次が野獣にされちゃったから」
なのに、あいつらは、俺が美女で、いつもふてぶてしい英次が野獣役に、って思ったらしい。そして、大好きな舞台を再現でもしてみたら最高のクリスマスになるだろうと、このプレゼントを用意してくれた……んだろうけど。
「お前が?」
「そうだよ」
叔父を好きになった醜い獣。
「俺が野獣だろ?」
違うよ。英次はとても綺麗で真っ白で醜い俺には似つかわしくないカッコイイ人だった。
「甥っ子のお前、しかも歳の離れたガキのお前に惚れた野獣だ」
「……」
「映画館で、ふたりで観た時」
「?」
「あの時、自分を野獣に重ねて観てた」
あんな夢物語が自分にも起きないかなって思ったりしたんだ。あの映画を観ながら、夢見てた。暗い映画館で隣に座る大好きな人を想って焦がれながら、大きなスクリーンに広がる恋を羨ましくて、切なくて、でも、物語の中でなら成就する想いが嬉しくもあって。
「ン……」
あの時は、こんなの夢にすら思わなかったよ。確実に叶わない妄想、でしかなかったから。そんなふうにお互いがあの時、同じように思ってた。
「ン、英次」
舌先をそこに押しつけるとちょっと痛い。痛いけど、英次がくれるものはなんだって気持ちイイから、首に腕を絡めて、引き寄せ、もう一度深く口付けながら、牙がくれる刺激を楽しんだ。
英次の柔らかとこにむしゃぶりついて、深くて濃くて、熱を舌先で交わし合うキス。官能的な感触を久しぶりに味わいながら、お腹の底がジクジクと痛いくらいに熱を孕んだ。
「だから、凪、俺はあの野獣がうらやましくて、仕方なかったよ」
そう耳元で囁く低い声にぞくりとした肌に牙をつき立てられて、甘い声をあげて、醜くなんてちっともない、カッコよくて気高くて、最高の野獣に抱っこをせがんだ。
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