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第3話

◇◇◇  ガチャリとドアが開く音がしたので、慌てて玄関へ駆け寄った。 「正道さん、おかえりなさい!」  呆然とした顔の正道が靴も脱がずに、玄関で突っ立っている。 「あ、勝手にすみません。LINE送ったけど返事ないし……鍵もらってたからいいと思って」  我ながら早口で捲し立てると、正道はのろのろとスマホを取り出した。 「ほんとだ、気づかなかった。それで、どうしたの?」 「明日休みですよね。ご飯作りにきました」 「え……」 「あー、えっと…………食べてきちゃいました? それならしまっちゃうんで、全然」  あれあれ? もしかしてやらかしちゃったかな、俺。 「食べてきてないよ、でも笹目くん、オマエは明日学校だろ?」 「それは大丈夫です。じゃあ食べましょうね! すぐ温めます」  今日は寒かったから、ポトフをじっくり煮込んだんだ。大きめ野菜にソーセージとバラ肉、どっちが好きかわからないから、両方入れてしまった。 「……うまいな。オマエのポテンシャルどうなってんの?」 「正道さんにおいしいもの食べてほしいから、頑張っただけです」 「ふーん…………」  それから無言で食べ進める。食べ盛りはまだ終わっていないので、俺はあっという間に平らげてしまった。 「それで?」 「はい?」 「腹満たしたあと、オマエはどうしたいの?」 「えっ……」 「俺のこと、欲しかったら来たんだろ? 甲斐甲斐しく料理までして」 「ちがっ」 「じゃあ欲しくないわけ?」  この人は本当に、俺のことなんだと思ってるんだろう。  からかって振り回すのが楽しいのかな。あ、そうだ。俺『生きているアダルトグッズ』って言われたんだった。  正道にとってはきっと、何度断ってもしつこく追い回す俺に辟易して突き放すための方便だったのだろう。  でも縁を終わらせたくないからそこに縋り付いた。そして見事に嵌って抜け出せない。 「あれれ、もしかして怒っちゃった? お子ちゃまなんだから」 「くそっ……」  力任せにソファへ押し倒した。正道は余裕の表情でがっつく俺を優しく抱きとめる。有利な体勢をとっているのに、いつもながら全然勝てている気がしない。 「あっ……」  すぐに短く呻き、のけぞる喉元から目が離せなくなる。吐息が耳をかすめたら、理性なんて完全に吹き飛んでしまう。  結局勝ち負けとかどうでもよくなって、ほっそりとした身体を必死で弄る。 「んっ……ん、あっ啓史」  名前を呼ばれて律動を緩め、視線を合わせた。ほんのりと色づいた正道の目元からは涙がにじんでいて、そこにキスをする。 「いいよ…………もっと好きに動いて」  うっすらと開いた口にかぶりつき舌を絡める。そのまま腰を進めると忍ぶ声に甘さが混じり、うなじの毛が逆立って持っていかれそうになる。  経験不足は十分承知だが、気取られたくなくて暴走しないように最大限努力しているのなんて、とっくにバレているみたいだ。  ――ああ、もう無理。 「うっ……」  ドクドクと脈打つ下半身に集中する。組み敷いている身体が、吐精する自分に合わせて戦慄くことがとてつもなくうれしい。嘘くさく喘がれるより、声もなく震える睫毛のほうがずっとリアルだ。  俺は、前にやったときより、少しでも正道を悦ばせることができただろうか。毎回思っていることを反芻する。最低限アダルトトイとして、役割を果たせているか?  本当はもっと自分を見てほしいけれど、それは無理だから今は求められていることに徹底するしかない。  初めてそう言われたとき、悔しくて泣きそうになった。けれど好きのほうが勝った。  快楽を与えることしか求められていないなら、それを全うするだけだ。  気怠げに起き上がった正道が煙草を取り出す。  煙をくゆらせ、ぼんやりと余韻に浸る間は決して目を合わせてくれないことが悲しいので、その間にシャワーを浴びに行くのが常になってしまった。  レバーを最大限にひねって頭を突っ込む。ざあっと降り注ぐシャワーの水圧で、ごちゃごちゃなこの気持ちも流れてしまえばいいのに。  人間扱いされないのなら、こっちも道具みたいに扱えばいい。好きな身体をむさぼって、欲望をぶつけることだけに喜びを感じ、シンプルに快楽のみで満足できる自分になれたらいいのに。  なんで自分のことをオナホールみたいに扱っていいなんて言う人、好きになっちゃったんだろう。  シャワー後にまた煽られて、結局明け方近くまで散々絡まりあったチョロすぎる自分が情けなくなる。  親がいなくてもそれなりに不自由なく暮らせて、なんとなく過ぎる日々に不満なんてなかったのに。十七歳でこんな苦悩するなんて、一年前には考えもしなかった。

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