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第4話
「笹目、そのブランド好きなの?」
「ブランド?」
「そのニットソックス。いいね」
怪訝そうな様子に足首を指さすと、驚いた様子で目を瞬いた。
「これブランドなんだ……」
「知らなかったの? 少なくとも普通の高校生にはちょっと値段高めなんじゃないかな。貰い物?」
値段が高いって言ったから、めっちゃ驚いてるな。どういう経緯で手に入れたんだろう。まさか、真面目な笹目に限って盗品とかではないよね。
「ちょっと替えがないときに、未使用だからって……貰った」
「そうなんだ。しかし謎が多いねー」
他人にこんな干渉すること、今までなかったのに。私って案外人間観察好きだったんだな。
「謎ってなんだよ」
「笹目さ、ちょっと変わったじゃん。一年の終わりくらいから」
何気なく放った言葉で明らかに動揺している。これはビンゴか?
「そ、そ……そうかな?」
「あ、やっぱなんかあったんだ。でも教えてくれないんだよね?」
「別に! なにもないよ」
めずらしく感情を露わに否定する様がもう、認めているようなもんだよね。
「ふーん……まあ、相談とかあったら乗るよ。いつでもどうぞ」
ーーーー
「うっわ、ドタキャンとかありえないんだけど」
同じ日の放課後、中学の友達と待ち合わせしてたのに、予定がなくなった。よりによって補講を忘れてたなんて。まあ遠慮する仲じゃないから今度おごってもらうことでケリがついた。
「あーあ、こんなことだったらバイト入れとけばよかったな。ライブ代稼ぎたいし。ダメ元でちょっと行ってみようかな」
バイト先の『おきなぐさ』へ行くと人が少なかったらしく、店長に話したらすんなりバイトに入れた。早速着替えて店内に出る。
「いらっしゃいま……せ、え?」
近所の麗仙女子の生徒が、男の子の手を引いて店に入ってきた。うちの学校? ってか笹目じゃん。どれだけ麗仙のお嬢様方に好かれてんの?
「ここ、パンケーキがすっごいかわいいんだって」
笹目は困った様子ながら、抗うことなく女子に手を引かれて席に着く。
私に気づくと一瞬ぎょっとしたが、店の名前を思い出したのか、合点がいったようで軽くうなずいた。
っていうか、おいしそうじゃなくてかわいいってなんだよ。パンケーキだぞ。
名門女子高に似つかわしくないキャピキャピさだけど、もしかして笹目その子とつきあってるの? なんかちょっとやだな。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びくだ……っえ?」
なんか、すごく困った顔で笹目に袖、掴まれてるんだけど。
「坂下、ごめんね。この人は彼女じゃないから、怒らないでほしい」
「なに言ってんの、笹目?」
「今、無理やり連れてこられて……その、俺が好きなの坂下だけだから」
ああ、そういうこと。なんとなくわかってきた。話を合わせろってことね。
「浮気したのかと思った」
「違うって! でも誤解されても仕方ないよね……ほんと、ごめん」
「啓史くんのバカっ!!」
ひどい茶番だと思ったが、麗仙のお嬢様にはバッチリ効いたらしい。その証拠に彼女は泣きながら店を出ていくし、目の前の笹目は水をかぶってびしょ濡れだ。
「……だ、大丈夫? 笹目」
騒然とする店内で、まったく動じず目の前の水を飲み干す笹目に声をかける。店長が慌ててタオルを差し出した。
「すみません。明日返します」
「大変だったね。こんなぼろいタオル、返さなくっていいよ」
ぺこりと一礼すると、笹目はびしょ濡れのまま帰っていった。
「おはよ」
「おはよう……昨日は迷惑をかけて、ごめん。店長さんにも」
「店長はむしろ面白いモン見ちゃったーみたいなゲスだから、気にしなくていいよ。ところで」
どうしてあんな展開になったのかは、巻き込まれた私にも聞く権利があるよね。そう問い詰めると渋々ながら話してくれた。
「要はストーカーされてて、それがおばあさんにまで及んだから、強く出られなかったと」
「まあ、そういうこと」
待ち伏せされて告白、ここまではよくある流れだが、その後もつきまといが終わらなかった。
挙句の果て、ある日の帰宅後に彼女がうちにいて、祖母と楽しそうに話していた。
心底肝が冷え、いよいよダメだと悟ったらしい。
「それから刺激しないように話をするつもりだったのに、デートみたいになっちゃって」
で、うちの店へ来たと。
「それ、警察に行った方がいいよ。もう笹目だけで収められる話じゃないじゃん」
「うん。ばーちゃんも心配だったし、坂下も」
「あたし?」
「成り行きとはいえ、彼女のフリとかしてもらっちゃったのは浅はかだったって反省してる。ごめんなさい」
「い、いいってそんなこと!」
真摯に頭を下げる笹目に驚く。
昨日、びしょ濡れで帰ってきた孫に驚く祖母にことの経緯を話し、共に警察へ相談しに行ったそうだ。
すぐに向こうの両親に連絡が入り、丁重に謝罪されたらしい。笹目としては今後かかわらないでいてくれるなら、騒ぎにするつもりはないと伝え、被害届は出さずに事なきを得たそうだ。
「ほんとにいいって。まあ貸しひとつってことで、この件は忘れよ。笹目だって怖かったでしょ?」
キョトンとした笹目はその後「そうか俺、怖かったんだな」とつぶやいた。気づいてなかったのかよ。
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