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第5話

◇◇◇ 「よかったな。おばあちゃんもオマエも無事で」 「ほんとですよ。女の子だからって油断してました」 「いや……そういう女の子あんまいないよ? 仕方ないって」  めずらしく正道に同情されてしまった。今回の件は、ことが済んでからの方がじわじわと恐怖がこみあげてくるような出来事だった。 「あ、ご飯すぐ作っちゃうんで、ちょっと待っててくださいね」 「いいって、配達頼んじゃおう」 「でも……」  自分がいるときくらいは、身体にやさしいものを作るから食べてほしいんだけどな。  普段、あまりうまいとかまずいとか、かまってなさそうだから。 「オマエ、また背ぇ伸びた?」 「んー。かもしれません。ちょ……やめてくださいって」  背伸びした正道に、後ろから頭を乱暴に撫でられて振り向くと、結構愛おしそうに俺のこと見てた。勘違いじゃなければだけれど。  途端に気恥ずかしくなって食事の支度ができなくなる。 「ほら、どれにする?」 「これがウーバーイーツか……」  アプリの画面を見せられて、店を選ぶよう促される。本日はもう諦めました。こうなったら、自分の小遣いじゃ食えないメニュー頼んでやる。 「じゃあ……タコスがいいです。俺三人前食べますからね」 「おっけー」  なんだかんだおいしい食事にありつけてご機嫌になってしまった。やっぱりチョロすぎるわ俺。大人はこんなにうまいモン、気軽に食えるのか? くそっ。 「俺さ」  一人前すら食べ終えていない正道は、つまらなそうにアボカドだけをフォークでつついている。 「今回オマエが被害者になったことで、いろいろ考えちゃったんだよね。いや……今まで考えないようにしてただけだな。多分」 「なにをですか?」 「俺だって、加害者みたいなもんじゃないかってこと」  不意打ちの言葉に、かぶりつこうとしたタコシェルを落としてバラバラにしてしまう。 「そもそも俺がオマエと寝てるのなんてバレたら大変なのに、リスク冒してまでなにしてんのかなって」 「リスク?」 「社会人の俺が純朴な高校生のオマエを誘惑して、よからぬ関係に持ち込んだこと。『青少年健全育成条例』ってのにひっかかる」 「だって……追いかけまわしたのは俺なのに」 「経緯とか理由なんかどうでもいいんだよ、世の中なんてものは」  悪者はわかりやすいほうがセンセーショナルなんだと、鼻で笑う。諦めたような様子は、昨日今日に思いついた考えではないのだと物語っている。  正道がそんなことを考えていたなんて、思いもしなかった。 「俺らのことが明るみに出たら、オマエだって好奇の目にさらされるんだぞ。お互い、普通に人生詰むぜ」  あーなんかムカついてきた。めずらしく語ると思ったらびっくりするくらいつまらないことで。 「正道さんていつも余裕で全然追いつけないし、だからもっと大人なのかと思ってましたけど」 「はあ?」  「案外子供ですね。それにわからずやでちょっと腹立ちます」  さすがにムッとしだしたので席を立ち、跪いて椅子ごと正道を抱きしめた。 「おいっ……」 「ま、情けないところも知れて、ちょっと……ってか、だいぶ浮かれてますけどね、俺」  あたりまえだけれど、正道だって人間で、迷ったり悩んだりしてるんだな。俺は自分の苦悩に振り回されて気づかなかった。情けない。 「関係がバレたらやばいって? 俺だってわかりすぎるくらいわかってる!」 「啓史?」 「でもそんなのは今だけでしょ。だから全然苦じゃないです。それとも正道さんは俺たちに未来はないと思ってるの?」  そんな、珍獣でも見るような顔されると、むちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。でも俺はずっと必死なんだ。 「この際ちゃんと言っておきますね。今は『生きているアダルトグッズ』でもいいです。でもいつか本当の俺を、ちょっとでいいから見てほしい」 「オマエ、もしかしてそれずっと気にしてた?」 「あたりまえじゃないですか! 三日三晩悩みましたよ!! ……えっ?」  おずおずと手が伸びてきた。正道はごめんと囁くと、ゆっくり俺の身体を手繰り寄せ、やがてしっかり抱きしめられる。 「めっちゃ顔がタイプの高校生に好きだ好きだって迫られるんだぜ。それでもデレられないくらいには常識人のアラサーリーマンは、どうすればよかったわけ?」  素直に受け入れてくれればよかったじゃん。  なんてことは、この人のことをいろいろ知ってしまった今となっては言えない。 「……正道さん」 「ん?」 「すげー……したい、です」 「タコスはもういいのか?」 「あとで食べるからっ!」  うなじに顔を埋め懇請する。頼むから拒絶しないでくれ――――。  ふに、とやわらかなものが唇に触れる。驚く間もなく、ぬるりと舌が入ってきた。 「んっ……まさ……? ふっ……」  馬乗りになった正道に押し倒される。いつもと逆のパターンだ。 「正道さん! 危ないですよ、テーブルにぶつかっちゃう」 「だってオマエがしたいなんて言うから」 「じゃ、早くベッド行きましょう」  もどかしい思いで服を脱がしにかかる。いつになく緊張しておぼつかない手元をそっと握られた。  漏れでる吐息が熱くて、正道も同じくらい俺を求めてくれているのがわかる。  初めて対等に向き合ってくれた気がして、抱きあう間もちゃんと俺を見てくれていたような気がするんだけれど。 「いいよ、そのままきて」 「だめです」 「なんで? 前は生で挿れてたじゃん」 「それは……すみません、知らなかったから。なんでよくないことだって教えてくれなかったんですか?」  研究のためネットで調べるうち、男性同士のセックスでもコンドームは必須だと知って青ざめた。「男だから必要ない」なんて言葉を鵜呑みにした自分を殴りたい。 「俺は正道さんのこと、ちゃんと大事にしたい、これからもずっと」 「啓史?」 「だから正道さんも自分を大切にしてくれないと俺、悲しくなります」 「……ごめん」  びっくりするくらい素直に謝られたあと、小さく聞こえた言葉、聞き間違いじゃないといいんだけれど。 「初めて言ってくれましたよね?」  伏せた目元が少し赤かったから、合ってるといいな。

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