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第6話
『おきなぐさ』
水をかぶった記憶しかないこの店に、正道とやってきた。
同じクラスの坂下のバイト先で、本当にいい店だから、改めてちゃんとお茶しにきてと言われていた。
休日の店内は程よく混んでいて、皆思い思いのスタイルでコーヒーや軽食を楽しんでいる。坂下が楽しそうに接客しているのが見えた。
「いらっしゃいませ。あ……笹目! 来てくれたんだ」
「うん」
「私服だと結構大人っぽいね」
もともとあんまりセンスないの自覚してるし、だから服装なんてかまわないんだけど。
それでも今日は正道と並んで少しでも浮かないように頑張った。髪は正道がセットしてくれた。
「あ、えっと……お連れの方は?」
坂下にしては遠慮がちにそう聞いてくる。
めちゃめちゃ興味持たれているよな、無理もないけど。てか、なんて答えようか考えてくればよかった。
「啓史の、親戚のお兄さんです。よろしくね」
うわっ、正道さんめっちゃドヤ顔してるし、坂下はなぜか固まっている。
「す、すごいイケメンの人だね……」
席へ案内してもらうときも、坂下が耳打ちしてくると間髪容れず「そりゃどうも」と返すから飛び上がりそうになっている。
「ここの店長さんて、宮沢賢治好きなの?」
「そうです! よくご存じですね」
店内を見回していた正道は、お水を置いた坂下に話しかける。なんか、盛り上がってない?
「うずのしゅげ。俺もあれ、好き」
「私もです! ここでバイトを始めてから読んでみたんですけど、いいですね! 他の話も少しずつ読んでます」
注文をとって戻っていく坂下の目がキラキラしてる。どちらかというと普段クールなのに。
「なんの話ですか?」
「ん?」
「今坂下としてたの」
「あっそうか。理系くんは本、読まないのかな?」
「……本くらい読みますよ」
「じゃあ、最近なに読んだ? 面白かったの教えろよ」
「朝読で読みましたよ。『バッタを倒しにアフリカへ』中学のとき」
「中学って……さすがに何年前だよ」
スマホを取り出して早速検索してるみたいだ。
「面白そうだけど、文学ではないな……って、そんなに怒らなくてもいいだろ?」
「怒ってないです!」
「怒ってんじゃん」
「だとしたら本のことじゃなくて、坂下と…………楽しそうに話してたから」
「もしかして焼きもち? 俺ゲイだぜ」
「……そういうの、関係ないです」
「そうなんだー、かわいいかよ」
「茶化さないでください!」
まったく、なんで喫茶店て腹にたまるものおいてないのかな。コーヒーはおいしいけど。
「本当にかわいいね、啓史は」
絶対面白がってるだろ、癪だなぁ。マジで早く大人になりたい。
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