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第2話
◇◇◇◇
夕食を終え、熱いシャワーを浴びて気分を改めてから部屋に入る。先に入っていた俊がパジャマ姿でキッチンに立っていた。少し濡れた髪が湿って、タオルを頭に巻きつけている。
上下三千円ほどのストライプのパジャマがなんとも言えない生活感を演出して、可愛い。細かく左右対称に散らばった斑点を鼻にのせ、俊はコップを持ち上げて二粒のカプセルを飲んでいた。
「それ、サプリ?」
「そう、気休めだけどな。メラニン色素が薄くなるんだって」
「ふーん、効果ないのに?」
「うるさい。いいから、もう寝るぞ」
リモコンで部屋の電気を消すと、目の前がすぅと暗くなった。セミダブルのベッドにいそいそと俊が入り込んだのがわかり、端で寝ようとするのを引き寄せる。
「しゅんちゃんの体、あったかい♡」
「あ、ばか! そばかすにちゅうするな」
「見えないから、わかんない♡」
そう言いながらも、ちゅっちゅっと俊の横顔に形の整った唇をのせていく。増えるならもっと、もっと増えて欲しい。昔から海が嫌いだと言いつつ、日焼け止めを丹念に塗り込んで、深々と帽子をかぶってドライブにも付き合ってくれる優しい年上の幼馴染。
「や、め、ろ、そばかすが増える」
「増えてくれるなら、何回もちゅうしてあげる♡」
顎を掴んで、チュッチュッと音たてて、キスの雨を降らせる。昔、ユーリが泣いたときに何度もそうやって慰めた仕草だ。
「涎くさくなるつうの」
「僕の涎を染み込ませたい♡ あ、しゅんちゃん、毛布をもってかないでよ。さむいよぉ」
逃げようとする俊に足を絡ませながら、腰に太い腕を回す。押しても引いても離れないように背後から抱きつく。
「馬鹿! やめろっ……」
「風邪ひいちゃうもん♡ 僕が風邪引いたりしたら、スタッフやカメラマンの人たちに迷惑かかっちゃうよ? ね、しゅんちゃん温めてよ♡」
「またそうやって……ッ、こら、ユーリ!」
俊はユーリから離れようとするが、ユーリは身体をぴたりと密着させる。わざと膝をたてて、刺激するように弱めに動かしていく。
「あれ? しゅんちゃん、今日は反応が鈍い? いつもならすぐ硬くなるのに」
「なにいって、やめ……」
「おかしいな。あれれ?」
ユーリは右手を滑り込ませて、俊のズボンに侵入する。茂みから項垂れる陰茎をさするが、ぐにゃりと反応しない。
「やめろ、だめ、あ、あ、」
「なんでだろうね? ちょっと確かめてもいい? 子供だからさ、教えてよ。しゅんちゃん♡」
襲いかかるように俊の唇に吸いついて、舌を探しながらこじ開けた。逃げないように仰向けにして重みをかける。右手で亀頭の筋を押し潰して刺激を加えていく。
口腔を蠢いて、涎を一滴残らず吸って、自分だけが勃起していくのがわかる。
「しゅんちゃん、すき♡」
「やめ、はァッ……」
親指で扱きながら、玉も器用に揉みしだく。柔らかな玉袋を転がすと綿が膨らんでいくように丸まる。
「よかった、勃つね♡」
「そりゃ、生理的に刺激するとたつよ……ぁ」
「ふふ、しゅんちゃんの顔、真っ赤だ。可愛い♡」
ユーリは俊のそばかすに一つ一つ唇を当てて、陰茎をゆるやかに扱いていく。
可愛い。嬉しい。初めてのキス。
「やめ、ろ……」
身を捩らせて、逃げようとする。軽くキスを落として、ユーリはぱっと手を離した。
「なら、やめてあげる」
え、と俊は驚いた顔をした。ピクピクと頭をもたげている棒。いまか、いまかと刺激に餓えたものは震えている。可愛い。可愛いけど、ここは嫌われたくない。言われたとおりに我慢するしかない。
「だって……」
情けない顔して、俊が濡れた瞳で見つめてくる。
「だって? 俊ちゃんがやめろって言ったんだもん。その通りにしたよ? 褒めてよ」
おさまらない熱をどうしたらよいのか、絶望の色を浮かべている。
「……と、トイレ」
「だめ、しゅんちゃん。ここでしてよ。手伝ってあげるから、みせて?」
「……いやだ」
「だめ。して」
「やめろ……」
「おいで」
俊のズボンをずり下ろし、毛布をめくる。夜気が冷え冷えと肌にふれ、ぬいぐるみの目がきらりと反射した。ユーリの口の端から笑みがもれ、するすると熱を帯びた場所を探るように触れていく。
「な、なに?」
「しゅんちゃん、ここ触るね?」
「いい、いい、自分でやる。さわるな」
「なら、お仕置きだ♡」
ぶんぶんと首をふりながらも、がっちりと身体を固定して離さない。素肌を晒して、隙さえあれば逃げようとする獲物を舐めとっていく。左薬指で乳首を縦に触れて、小さな刺激で愛撫していく。
「左薬指で焦らしたほうが、気持ちいいんだって♡ しゅんちゃん、知ってる? 古代エジプト人の習慣でね、『左の薬指には心臓まで真っすぐにつながる太い血管がある』と信じられてるんだ。心臓は『感情』でね、『感情』は『愛』に結びつくんだよ? すごいよね? だからね、愛の血管がある指先でゆっくり、たっぷり刺激してあげる♡」
「やめぇ、ぁ」
胸がじんわりと火照てるように粟立つ乳輪を親指と人差し指で側面を挟んでこねる。クネクネと過敏に反応しては尖った乳首がうずうずと焦らされて、俊の腰が動いた。
「しゅんちゃん、ちゅうして?」
唇を近づけ、満面の笑みで微笑む。目尻からでた涙が垂れて色素が沈殿した斑点にのっている。乳輪に爪をたてて、さらに潰すとぴくぴくと震えるのがわかった。
「な、なんで……?」
「かわいいんだもん♡ 触って欲しい?」
「やめ、やめ、やめ……あ、あ、あ……」
ちゅっと、目尻にキスを落とすと柔らかくなった陰茎を包んで扱いて、ゆっくりと強弱をつけて根元から刺激する。膨らんでいくのをさわりながら性的興奮を楽しんだ。だらだらと糖蜜をだして、さらに塗りつけるように親指で愛撫する。
「……ん、ぁ、でる、でてる、でてるから、やめ」
「やめないよ? ねぇ、好きって言って♡」
「やだよ、やだ、絶対いわない」
「そっか、残念だ」
低い声を合図に、ぴゅくぴゅくと白濁とした精子が吐き出された。大きな手は止まらない。さあと引いていく熱い波とともに、わきあがってくる生理的感触に肌がざわつく。
「あ、あ、だめ、だめだめ、あーあーー……」
「おしっこもみせて、しゅんちゃん♡ 聖水だよ♡」
床にチョロチョロと音を立てていくのがわかった。涙が頬をつたい、長い舌で味わいつくす。息も絶え絶えな年上の幼馴染に、月が沈んだ闇のなかで銀髪が満足そうに揺れた。
◇◇◇◇
しゅんちゃんと、キスできた。蕩けるような甘さに何度も唇を吸いつくした。
ほうと緩んだ顔を近づけて、パソコンの画面に映ったそばかすにキスを落とす。
高層タワーマンションの一室は四方八方、そばかすが広がる顔で埋め尽くされている。幼稚園、小学校、中学、高校、大学と年代別にラベルを貼付し、DVDとして保存して並べられている。所狭しと並んだ棚は全て俊の成長記録だ。
まったく、家にあげるなんて論外だ。
目立たないように、忍び寄る邪魔者は排除し続けたのに、気を抜くとこの様 だ。
俊に好意をもった女は自分が微笑むとコロリと落ちる。かけらほどもない気持ちを俊に向けるのなら、ごみとして捨てるしかない。体を重ねて、マニュアルどおりに接して見定めてやるとすぐに堕ちていく。しかしながら、昨夜のような悦びはまず得られない。
ユーリは録画したモニターに目を通し、陶器のようになめらかな肌をした指先でマウスに触れた。気づくと、そばに置いたスマホがぶるぶると振動している。
「なに?」
『なにじゃないわよ! どうして菅原さんのインタビューを勝手に断るのよ! 社長から電話がきてカンカンに私が怒られたわ! もう! スケジュールを許可なく変えないで! また年上のひきこもり幼馴染に入れ込んでるんでしょ!』
いい加減にしてよ! とマネージャーの川村 の声が耳の奥まで響いた。スマホが震えるほど、大声で怒鳴る。金曜日は俊が仕事を早めに切り上げて、ご飯を作ってくれる日だ。勝手なのは事務所だ。
「金曜日は六時で終わりです。そう契約書に署名して、約束したはずですよ?」
ほとんど怒りといってもいいほど苛立つ川村に対して、ユーリは冷淡な声で吐き捨てる。品位に満ちた顔立ちでマウスのクリックを繰り返して、俊が仕事をしている様子を見直した。資料を探して、画面をみながらなにかを打ち込んでは調べて、集中している。
可愛い。しゅんちゃん。食べたい。
顔面に神々しい笑みが彩られるが、川村が話を続ける。
『ちょっと、聞いてる? 来週から一週間パリなんだからね? 世界的モデルとして活躍してもらってるんだから、ちゃんと自覚しなさいよ!』
「分かってます。ブラダの下着モデルもやったじゃないですか。あと、あの電機メーカーの件、お願いしますね」
『お願いって、もう通してあるわよ。しっかし、どうして社員の仕事を在宅勤務にしてくれっていうのよ! しかも名指しよ? そうしなきゃCMにでないとか言うし! もう、わがままもいい加減にして!』
「用件は以上ですか? なら切りますね」
まだあるわ……という川村の声が耳障りですぐに着信を切って電源を落とす。
俊の前だと子犬のように戯れられるのに、他人に対しては冷酷ともいえるほど厳しくなってしまう。そもそも他人に興味がないのだ。十年以上、そばかすを追い求めて記録を撮りつつけてきたせいか、獲物以外目に入らなくなってしまった。
振り向いて微笑むと、苦も無く他人の気持ちを動かせるのに、俊だけは見向きもしない。尻尾を振って、好きだと伝えても、いつまでたっても子供扱いで終わる。
でも、やっとキスまでできた。
しゅんちゃんの精子、水っぽくて薄かったな。今度は容器にいれて保存しようかな。
四方八方に貼られた写真の下には、俊のコレクションが綺麗に整頓されている棚がある。歯ブラシ、ストロー、目薬、他にも多くの私物がつまっていた。
はぁ、やっと……。
ぐるりと円を描くようにマウスを回すと、画面のなかで俊が立ち上がる。ぴくりと整えられた銀色の眉が動いた。日付を確認すると三日前だ。確か、その日は休みなんだと喜んで、家で映画でもみようかなと話していた。
澄んだきれいな瞳を画面に近づけると、女が入ってきた。
ばくばくと心臓が高鳴り、ざわざわと胸の底から黒い塊が膨らんでいく。さらさらの黒髪に白のニットワンピースに、革ジャケットを羽織っている。膝丈ぐらいのスカートには鶏ガラのような細い足を剥き出しにしている。愛想よく微笑んで、俊は女を部屋に案内した。
相手は近所のコーヒー屋の店員。樽にいれた珈琲豆をスコップでよそって、グラムで売る俊お気に入りの店だ。
女は俊に笑いかけながら、にこにこと長い髪をかき上げる。コーヒーを飲んで、雑誌に手を伸ばし、ベッドへ置いて談笑すると、しばらくして帰った。
画面に視線が釘付けになり、食い入るように俊を眺める。すると、背後からこつこつと周囲を憚るようにノック音が聞こえた。
低い声が喉奥からでる。
「なにかな?」
「あの、お水……」
ドアを開けて、仄暗い隙間から体を乗り出して微笑む。先ほど画面でみた女に甘い声で微笑んだ。女はすぐに安堵の色を浮かべて胸をなでおろす。
「ああ、ごめん、そうだね、もう一回する? 口移しで飲ませてあげるよ」
「あの……」
「やだ?」
「うん、もう一回する……」
部屋から出て、女の細い腰をひき寄せると、もじもじと豊満な胸を下着一枚ですりよせてくる。有里は口の端に冷ややかな笑みが浮かび、瑠璃色の瞳を細めた。
しゅんちゃん、この女もすぐに捨ててあげるね。
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