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(5)主従

「ケルトも食べる?」 一番星が姿を見せる頃、リンデルの手にはロッソが注ぎ分けたばかりの、ふわふわと湯気があがる器があった。 誘われて、しばらく悩んだのち少年は答えた。 「……食べてみる」 「いつもは何を食べてるの?」 とリンデルに尋ねられ、少年は躊躇いながら口を開く。 「石とか、葉っぱ……」 「ええっ!?」 リンデルが思わず聞き返す。 少年はもう空腹を感じなくなっていた。 けれど、時折何かを口に入れたくなって、そこらのものを口に詰め込んだ。 「どうぞ。熱いのでお気を付けください」 ロッソが、まだリンデルの膝の上に陣取ったままの少年へ、器とスプーンを差し出した。 「ん……。あり、がと……」 泣き腫らした腫れぼったい瞼を瞬かせて、少年がそれを受け取る。 「紹介がまだだったね。ケルト、この髪の長い人はロッソ、僕に仕えてくれてるんだ」 紹介を受けて、ロッソが胸元に手を添え一礼した。 「ロッソ……」 ケルトが、その名を覚えようと繰り返す。 「向こうのかっこいい人はカース、優しくて、頼りになる人だよ」 リンデルの不意打ちに、水筒を傾けていたカースが激しくむせる。 「カース……って、それ、名前なのか?」 「うん。本当の名前はもう捨てちゃったんだって。俺はずっとカースって呼んでるよ」 「……ふーん……」 ケルトが、何やら言いたげな顔をして、やめる。 少年の手に包まれた分厚い木の器はあたたかく、じっと握っていると熱いほどだった。 木製のスプーンで掬うと、リンデルが「熱いよ、ふーふーってしてね」と心配そうに言った。 言われるままに吹いて、ひとくち口に入れる。 あたたかくて、柔らかくて、味がついていて。 人の食べ物だと、思った。 「……っ」 思わず息が詰まる。 「熱かった!?」 リンデルの焦るような声。 すっかりゆるんでしまった涙腺が、またじわりと少年の目元を濡らした。 「……いや、美味しいなと、思った。だけ……」 少年はゴシゴシと目を擦って、もうひとくち、口に運ぶ。 「そっかー。びっくりした」 とリンデルがホッとした様子で言う。 「ロッソ、美味しいって」 話を振られて、小柄な男が頭をさげた。 「光栄です」 しばらく夢中で食べていた少年が、ふ。と顔を上げ、三人を見回す。 それに気付いて、三人はケルトを見た。 「なあ、お前らは、オレを殺しに来たんじゃないのか……?」 少年の言葉に、黒髪の二人はリンデルを見る。 リンデルは皆の視線を受けて、柔らかく笑った。 「違うよ。俺は君を助けに来たんだ」 実際、王から受けた依頼は『魔物の根絶』だ。 この少年を倒せとは言われていない。 「でも……、お前、勇者ってやつじゃないのか? 前来たやつも、その前に来たやつも、その前のもそう呼ばれてたし、お前の着てたのと同じような鎧を着てた」 しょんぼりと俯きかけるケルトの頬を、リンデルは指先でそっと撫でる。 「俺はもう、勇者は辞めたんだ」 にこりと笑うリンデルに、少年はまた戸惑う。 「で、で、でも、オレを、助けるって、どうやって……」 少年の言葉に、リンデルはほんの少し困った顔をした。 「そこなんだよねぇ。うーん……どうするのがいいんだろうね」 たいして深刻でもなさそうに、くりっと首を傾げる金色の青年に、少年は呆気にとられる。 「かっ、考えてなかったんですか!?」 ロッソの珍しい大声に、リンデルは肩をすくめてみせる。 「いや、だって、行ってみないとわからない事だらけだったからさ。  ほら、ここは臨機応変に……」 「臨機応変ではありません! 主人様は行き当たりばったり、無計画なだけです!!」 叱られて、リンデルがしょぼくれる。 「……うう」 「大体主人様は……」 ロッソが、ここまでのリンデルの無計画さを挙げ連ねようとしたところで、カースが宥める。 「まあまあ、今はその辺にしといてやれよ」 「……ですが……」 まだ不服そうな従者を、カースは手で呼び寄せる。 カースに視線で先を促され、リンデルは少年に向き直った。 「まだ今はわからないけど。どうしたら、ケルトが幸せになれるのか。俺と一緒に考えてもらってもいいかな?」 ケルトが、淡い緑の瞳に驚きを浮かべる。 「俺が……? 幸せに……?」 もうずっと、そんなことは考えたこともなかった。 そんな叶いそうにもない願い、遥か昔に忘れてしまっていた。 「俺は、皆を幸せにしたいと思ってるよ」 金色の髪を揺らして、金の瞳に決意を乗せて、リンデルが告げる。 その表情は、柔らかな笑みをたたえていてもなお荘厳に見えた。 「……皆ってのは、人間のことだろ。俺はもう、人じゃねぇよ……」 拗ねるような口調に、リンデルは苦笑する。 「もう。皆すぐそういうこと言うんだよね」 リンデルはチラとロッソを見て続ける。 「人として不完全だとか」 ロッソが小さく肩を揺らす。 「呪われてるから死んだほうがマシだとか」 今度は、いつの間にか側に来ていたカースがびくりと反応した。 「皆、今生きてるんだから、生きてていいに決まってるじゃないか。  それに、せっかく生きるなら、なるべくたくさん笑える方がいいし。  俺に出来ることなら、なんだって手伝うよ」 そう言って、リンデルは笑った。 金色の髪が、いつの間にか上がった月の光に照らされて、キラキラと輝く。 「お前は……おかしなやつだな」 ケルトが呟くと、ロッソも呟くように言う。 「そうなんです。本当に。この方は人を憎むことを知らない……。  まあそれでも、人並みに嫉妬はするらしいと、最近ようやく知りました」 「うっ。その話は今しなくても……」 リンデルが呻くのを、小柄な従者はいつもよりほんの少し楽しげな顔で見る。 「いい考えが出るまで、俺達ここで生活させてもらってもいいかな?」 尋ねられて、ケルトは一瞬嬉しそうに瞳を煌めかせた。 それから、恥ずかしそうに目を逸らすと、ぶっきらぼうに答える。 「勝手にしろ。……せいぜい魔獣にやられねーこったな」 「うん、ありがとう。気を付けるね」 交渉の成立にホッとした瞬間、ほんの一瞬、リンデルは気を抜いてしまった。 ぐらりと揺れたリンデルの肩を、まるで分かっていたかのようにカースが支えた。 「リンデル!?」 ケルトの声は、誰の耳にも分かるほど不安に染まっていた。 一瞬遅れて駆け付けたロッソにリンデルを預けると、カースは少年の赤い髪を撫でた。 「大丈夫だ。あいつは、一昨日からずっと寝てなかったんだ」 「……寝てなかった……?」 ケルトの声が震えている。 カースは内心最悪の状況を考えつつも、なんでもない顔で続ける。 「ああ、だから、もう眠くて限界だったんだよ。夕飯を食べたら眠くなっちまったんだろうな」 カースはリンデルの座っていた場所へ腰を据えると、なるべく優しく伝える。 「俺で良ければ、来るか?」 膝の上に呼ばれて、ケルトは一瞬躊躇ったが、先ほどリンデルに『優しくて頼れる』と評されていた男の顔をもう一度見てみる。 浅黒い肌に柔らかそうな黒髪を垂らした男は、右目と左目が違う色をしていた。 先ほど紫色に変わっていた水色の瞳は、アイラの目と同じ色だった。 目が合って、男は小さく微笑んだ。 リンデルの太陽のような煌めきとはまた違う、静かな、月のような優しい輝きに、ケルトは引き寄せられた。 近寄ってはきたものの、なかなか座る気配のない少年に、カースは焦りも見せずそっと手を差し出す。 ケルトはおずおずとその手を取った。 膝の上にちょこんとおさまった少年の姿に、カースは昔のリンデルを重ねる。 あの頃のリンデルは、ちょうどこのくらいの背格好だった。 そう思いながら、赤い髪をゆっくりゆっくり撫でてやる。 「……カース……?」 「なんだ?」 男の言葉は短いが、優しい響きだった。 低い声に、少年はなんだか堪らなく安心する。 「どうして、リンデルも、カースも、オレに、こんな……優しいんだ?」 「……お前が可愛いからだよ」 カースは、今のリンデルの状態を心配をしながらも、リンデルの面影を少年に見ていた事で、うっかり何かを混同したままに答えた。 少年は、それきり黙った。 顔を真っ赤にして。 確かに愛が込められたその言葉に、少年はクラクラと目眩すら感じた。 男はこれをチャンスと見て、少年を寝かしつけにかかる。 あれだけ泣いた後だ。そう難しくはないはずだった。 あの頃、眠れないというリンデルを寝かしつけたように。 鼻筋を撫でるようにして、そっと瞼を閉じさせる。 そのまましばらく、ゆっくりゆっくりカースは少年を撫でていた。 リンデルへの愛を込めて。 目を閉じるとさらによくわかる、男から漂う花のような香り。 薄紫色を思わせる、心が落ち着くようなその香りと、男の体温。 男は何も言わなかったが、その腕にしっかりと守られて、優しく撫でられて、安心していいと言われているような気がした。 ゆっくりとした心音に導かれ、少年はゆるやかに微睡んだ……。 完全に寝付いた事を確認したカースが、起こさぬよう細心の注意を払いながら立ち上がると、ロッソが男の腕の代わりに少年を布団で包んだ。 「リンデルはどうだ?」 カースが、ロッソに小声で尋ねながらもリンデルの元へと急ぐ。 少年から大分距離が取られたところに寝かされているということは、状態は良くないのだろう。 「それが……」 ロッソが言い淀む。 崖の壁面に簡易的テントがわりに張られた布をめくると、リンデルは横たえられたまま、涙を細く零し、真っ青な顔をして震えていた。 「どうした? どこか痛むのか?」 カースが小さく尋ねると、リンデルは悲しげに呟いた。 「心……が、痛い……」 その答えに嫌な予感を強めながらも、カースはリンデルの頬へ口付ける。 と、バチッと、強く弾かれるような痛みを感じた。 「ケルト……は……?」 「安心しろ、寝かせてきた」 金色の瞳がホッとしたように揺らめく。 男はそろりと手を伸ばし、リンデルの額を撫でる。 バチバチとした痛みは、指先にも響いた。 「これは……、お前は痛くないのか?」 「そのようです」 と答えは背後から来た。 どうやらロッソも、リンデルに触れて痛みを感じたようだ。 なんとなくだが、カースは理解する。 あいつの放った悪いものを、リンデルが吸い取った。 けれど、今度はリンデルがそれにやられてるというわけだ。 カースはこれでも、盗賊を辞めてからは占術と呪術で生計を立てていた。 これをどうすれば良いのかも、大体の見当はついた。 「半分ずつだ。ロッソ」 言われてロッソが「はい?」と返す。 「リンデルが取り込んじまったもんが、こいつの許容量を超えてる。  だが、俺がひとりで受け取れば、今度は俺がやられる。だから半分ずつだ」 「ど、どうすれば……」 狼狽えるロッソに、カースは続ける。 「何でもいい、こいつに愛を込めて触れろ。ただ、かわりに戻ってくるこのバチバチするやつは、なるべく受け止めずに受け流せよ」 言って、カースは思う。根が真面目なリンデルのことだ。 きっと、この痛みですら、誠心誠意受け止めたんだろう。と。 カースが見本を見せるように、リンデルの腕を撫でてみせる。 撫でた手を空中で振り払うと、バチバチと戻ってくる痛みの幾分かは払えた。 カースはそのまま、繰り返しリンデルの左腕を撫でては痛みを振り払った。 ロッソも倣ってリンデルの右隣へ膝を付くと、右腕をそっと撫でる。 けれど、手から胸まで貫くように上がってくるその痛みに、思わず手が引けそうになる。 「こんな……こんな痛みに耐えながら、主人様は……」 ロッソが漏らした呟きに、リンデルが震える声で応えた。 「ロッソ……いいよ……無理、しな……で……」 「馬鹿が。無理してんのはお前だろ……」 カースは言葉よりずっと優しい瞳でリンデルを見ている。 男はその間も休む事なく、繰り返し腕を撫でては痛みを払っていた。 「ん。この辺はこれで良さそうだな、腕、軽くなったろ? 大分喰らってたもんな。次は頭か、胸か……」 男の頬を伝った汗の雫が、パタ。と落ちる。 よく見れば男は苦しげに息をしていた。 ロッソは自身の不甲斐なさを激しく責める。 こんなところで、一体何を躊躇っているというのか。情けない。 ロッソは心を込めて、右腕を撫でさする。 カースには、まだ昼間の大仕事の負荷がありありと残っている。 ようやく起き上がれるようになったところだというのに、彼にばかり負担をかけさせるわけにはいかない。 「胸……苦、し……」 涙を滲ませて弱々しく告げるリンデルが、それでも男には甘えを見せているのがわかる。 カースに負荷がかかっているのを分かった上で、それでも助けを求めている。 それほどまでに主人が苦しんでいる事を、どうして自分は気付けなかったのだろう。 「ああ、今楽にしてやる。待ってろ」 男はリンデルの耳元で甘く囁くと頬へ口付け、腕を胸元へと伸ばす。 その姿に、ロッソは気付いた。腕が一本しかない分を補おうとしているのだと。 ロッソは両手を使って、リンデルの腕と脚を同時に撫で始める。 両腕から伝わる痛みは胸を貫き頭の芯をジリジリと灼くようだったが、ロッソはひたすらに主人の無事を願って手を動かした。 「ロッソ、思い詰めんなよ」 男の声に、ロッソが顔を上げると、男は困ったような笑みを浮かべていた。 「は、はい……」 言われて、そういえば痛みを逃しきれていない事に気付く。 なるべく受け流さなくては。 二の舞になっては、足手纏いになるだけだ。 ロッソは心を改めると、丁寧に、撫でては払った。 そうする間にも、男の大きな手で繰り返し胸元を優しく撫で回されて、リンデルはつい、びくりと腰を浮かせる。 頭に纏わりついた闇を剥がすように、リンデルの髪にも、瞼にも、首筋へも、男が啄むような軽い口付けを降らせている。 「んっ……カースぅ……」 リンデルの声が、甘くねだる。 「馬鹿。俺はもう限界だ。お前を癒したら即寝付く自信がある」 男の低い声がはっきりとそれを拒否するが、リンデルの青白かった頬は桜色に染まり、物欲しそうにカースを見つめている。 (私で良いなら……。  もし、主人が私を求めてくださるなら、いつだって応じたいのに……) と、ロッソが言えない言葉に息を詰まらせていると、カースの手がロッソの手に触れた。 ロッソは突然の事に慌てて手を引っ込める。 「ん。そろそろ大丈夫だ。痛みが軽くなってきたろ?」 カースはリンデルの右腕と右足を撫でると、 「足はもう少しだけ頼めるか?」 と言った。 「は、はい。左足も、私が……」 「助かる」 言われて、ロッソは確かめるようにリンデルの右腕をもう一度撫でる。 確かにそれは、最初に感じた痛みの半分ほどになっていた。 ロッソの胸に、半分ではなく、可能ならば全ての痛みを取り除いて差し上げたい。という思いが過ぎる。 もう一度、名残惜しそうに右腕を撫でたロッソに、男が言う。 「それ以上はいい。リンデルなら一晩休めば大丈夫だ。お前が潰れちゃ困る」 ロッソは姿勢を正すと、自分の傲慢さを恥じつつ「はい」と答えた。 カースはリンデルの腹部へと手を伸ばし、わずかに顔を顰める。 ケルトと接触していた腹部……、特に下腹部と足の付け根は汚染が激しい。 これは確かに。ひとつずつ撫でていくよりも、ヤる方が早いかも知れない。 どちらにせよ、あそこを撫でればリンデルがその気になるのは避けられないと思った。 胸の穢れを落とされて呼吸を取り戻したリンデルは、まだ全身痛むようではあるがそこそこ元気を取り戻してきた。 リンデルを横向きに寝かせて、背を撫でながら男が問う。 「リンデル、したいか……?」 「え、いいの?」 リンデルが金色の瞳を輝かせる。 溌剌としてきたリンデルとは反対に、男は疲労の色を濃くしていた。 「俺は無理だが、ロッソとどうだ」 「「え?」」 男の言葉に、二人の声が重なる。 「わ、わ、私……ですか?」 「俺は、カースとじゃないなら……」 二人の声を遮って、男が続ける。その額には汗が浮かんでいる。 「まあ聞け。この辺りの汚染が酷い」 と言って、男はリンデルの下腹部を撫で上げる。 「っ……」 リンデルは男に触れられて、びくりと腰を揺らした。 「膝の上に乗せていましたから……」 ロッソが、納得するように頷く。 「どうせ撫でればその気になるだろ。する方が早い」 男に言われて、リンデルとロッソが顔を見合わせる。 「ロッソは、嫌か?」 背を撫でる手を止めないままの男に問われて、ロッソは慌てて首を振る。 カースは、リンデルの背から伝わる痛みが和らいだことに口元を少し弛めた。 「リンデル……、してもらえ。そのままじゃ夕飯消化できずに……、吐くぞ……」 「でも、カース……」 リンデルが体を起こすのと入れ替わるように、カースがぐらりと傾ぐ。 「カース!」 その肩を慌てて受け止めたリンデルが、バチバチとした痛みを感じる。 汗に濡れ、荒い息で喘ぐ男は、もうその瞳を閉じていた。 リンデルは、瞼へそっと口付ける。 小さくパチっと弾けるような痛み。 俺の都合で、無理な術の使い方をさせてしまった。 体も辛かっただろうに、目も痛かっただろうに。 俺のかわりに、ケルトを慰めてくれて、その上俺の痛みも引き受けてくれて……。 申し訳なさと、それを遙かに上回る感謝が、リンデルの心を熱くさせる。 男をそっと横たえ、その唇に口付ける。刺さる痛みさえ、今は愛しかった。 「カース、ありがとう……大好きだよ……」 名残惜しそうに男の黒髪を撫でてから、男が少しでもゆっくり休める事を祈って、リンデルはロッソを振り返る。 「ロッソ……」 呼ばれて、ロッソは黒い瞳を潤ませるように、リンデルを見た。 「主人様……」 「こんな時ばかり頼って、悪いと思うんだけど……」 リンデルが申し訳なさそうに右手を首の後ろへ回す。 それはいつもの照れ隠しの仕草だった。 ロッソは主人の体調が回復しつつあることにホッとしながらも、先程のカースの最後の言葉をもう一度思い返す。 主人の体はまだ痛みに覆われている。なるべく早く、して差し上げなければ。 「いいえ、私は、主人様が求めてくださるのなら、いつでもさせていただきます」 答えながら、ロッソはリンデルの下着を下ろす。 「……それは、忠誠心から?」 真剣な声色に、ロッソはリンデルの瞳を見る。 金色が二つ。まっすぐにこちらを見ている。 「まさか」 とロッソは答えた。 「え?」 驚きを漏らしたリンデルを、ロッソはゆっくり押し倒し、その首筋に口付ける。 触れる度パチパチと返る痛みが、自身が本当に主人に触れているのだとロッソに実感させた。 「まさか、主人様はそのようにお考えだったのですか……?」 耳元で囁かれて、リンデルはびくりと肩を揺らす。 「ぅ……、っ……、違う、のか……?」 ロッソは器用にリンデルのボタンを外しながら、首筋から鎖骨を舐め上げ、そのさらに下へと舌を這わせる。 ボタンを開けきると、ロッソの手はリンデルのものへと伸びた。 「んっ……」 ゆるゆると扱かれて、緩く立ち上がっていたそれは、力を増した。 穢れが濃いだけあって、リンデルのものは触れるだけでビリビリと痺れる痛みが全身を巡るようだった。 しかし、これを、自身に入れても良いと許可をいただけた。 そう思うだけで、ロッソの下腹部は熱を持ちどくりと脈打つ。 ロッソは熱に急かされるように自身の下着を下ろした。 準備不足ではあるが、非常時だ。 そう思うことにして、ロッソがそれを自身にあてがおうとすると、リンデルが慌てた。 「ちょっ、ちょっと待って! せめて、俺が解すよ」 リンデルが伸ばしてきた手をロッソが掴む。 「いいえ、待てません」 ロッソはいつもの無感動な表情のままに頬を染め、弛みそうな自身の口端をぺろりと舐めて「ずっと……待っていたのですから……」と上擦った声で囁くと、今度こそそれを自身へと導いた。 「ぁあっ」 つぷ。と先端があたたかい体内に入り込む感触に、リンデルが思わず声を上げる。 「主人様、カースさんとケルトさんが起きてしまいますよ?」 囁くようにロッソに告げられて、リンデルは二人の名前に息をのむ。 リンデルの上に跨ったロッソがゆっくり腰を落としてゆくと、まだ解れていない中へと強引に肉を割いて進む感触が、リンデルを追い詰める。 「ふ、ぁ。……ぁ……っ」 ロッソは中で弾ける痛みすらも忘れて、うっとりと目を細める。 ずっと欲しいと思っていた。 あの日一度だけいただいたこの熱を。 また私の中へ彼が入ってくれたらと、何度願ったことか。 「ぅ……。んっ……っ」 腰を揺らしながら、従者は主人の耳元へと唇を寄せる。 主人の頬はすでに桃色に変わり、金色の瞳はゆらりと滲んでいる。 「主人様は、気付いていらっしゃらなかったのですか……?」 耳元で囁く、感情の読み取れないロッソの声。 「な、……に、を……っんんっ」 ズブズブとロッソはそれを奥まで……奧の、奥まで押し入れる。 ここまで、この奥のさらに奥まで入る感触は、この方特有のものだった。 「私は、貴方が……ずっと欲しかったのですよ……?」 熱い息を耳内に吐き出され、リンデルがゾクリと体を震わせる。 「え……?」 驚いたように見開かれたその金色の瞳を、ロッソは熱の篭もった黒い瞳で絡めとる。 人の気も知らないで。 いつだってこの方は、あの男しか見ていない。 けれど、そんなところがまた、この方の美しくてたまらないところだった。 ほんの少しの憎しみをかき混ぜるように、ぐりぐりと腰を回す。 「っあっ、あぁっ……あああんっ」 ロッソの動きに、主人は素直に、敏感に反応する。 二人が触れるたび、触れた場所にバチバチと痛みが疾る。 もうロッソには、その痛みまでもが快感だった。 はしたなく緩む口元を見せまいと、主人の胸元へと顔を伏せる。 この数日、乾いた布で拭く程度しかできていないその汗ばむ胸板は、敬愛する主人の香りで満ちていた。 先ほどからの刺激でか、既に小さく立ち上がっている突起へと舌先を這わせる。 「ふぁっ、ぅ、ぅぁんっ」 ビリビリとした痛みとともに、ぬるりと舐め上げられる。 刺激を与えられる度、リンデルは、どうしようもなく声を漏らしてしまった。 愛しい人が、カースがそこへ寝ているというのに。 ギリっと歯を食いしばり、リンデルは声を漏らすまいと手のひらで口を押さえる。 滲んだ金色の瞳から、涙が一粒零れる。 ロッソは、その一途な姿をもっと乱したいと思った。 この男の前で、この方をもっと淫らに鳴かせたい。そう。私の身体で。 ロッソは暗い欲に突き動かされ、腰を揺らす。 「ゔぁっっっぐ、ぅぅっっ!!」 と、リンデルの声が痛みを堪えるような苦しげなものに変わる。 そうだった。とロッソは気付く。 込めねばならなかったのは、欲ではない。愛だ。 途端、気を失っていたはずの男が呻くように苦しげな声を漏らした。 左目は閉じたまま、なんとか森の色をした右目だけを僅かに開くと、体は上げきれないのか、床に這いつくばったまま、ロッソを睨んだ。 「ってめぇ、ふざけんじゃねぇぞ……」 従者は愕然と、自分のしてしまったことの愚かさに顔色を青くしている。 「俺の、リンデルを貸してやってんだ……。乱暴、したら……容赦しねぇ……」 従者の表情に、意図は伝わったと分かったからか、男はそのまま気を失った。 叱責され、すっかり萎縮したロッソを横目に、リンデルは先程の衝撃からなんとか立ち直ると、乱れた息を整えながら幸せそうに微笑む。 「ふふふ……、カースは、心配性だなぁ……」 寝ていたわけではない。意識を失っていたはずの男が、それでも自分を心配して目を覚ました。 その気持ちが、リンデルの心をどこまでも満たしてゆく。 すぐに昏倒してしまうほどの状態で、ただ一言、リンデルを大事にしろと、それだけを伝えに目を覚ました。 (『俺の、リンデル』だって……) カースは普段、そんな言い方をする事はない。 多分言葉を選ぶほどの余裕がなかったせいだろう。 それでも、そう言ってもらえたことが、リンデルにはたまらなく嬉しかった。 『お前は俺が、絶対に死なせやしない』とカースは言った。 そして言葉だけじゃなく、毎日鍛錬に励んでくれた。 カースは本当に本当に、俺を全力で守ろうとしてくれている。 いつだって、持てる全てを、躊躇いなく俺のために注いでくれる。 今日、闇に炙られリンデルが失ったのは、おそらく愛と呼ばれるものだった。 リンデルは、ここまでたくさんの人達から受け取ってきた愛を使って、この世で一番寂しい少年を慰めた。 倒れた時には、心が寒くて寒くて、涙が止まらないくらいに痛んでいた。 きっとあの少年はこんな痛みをずっと一人で抱えていたのだろう。 けれどもう、リンデルの心は痛くなかった。 カースのくれたあたたかいもので、心は今も柔らかく包まれている。 いつでも惜しみなく、真っ直ぐに愛を注いでくれる男へ、リンデルは手を伸ばす。 けれどロッソに押さえられたままでは、もう少し届きそうになかった。 「カース……大好き……」 ぽつりとリンデルが囁いた言葉は、愛に溢れていた。 ロッソの内側でリンデルのものが熱を取り戻し、ロッソがびくりと肩を揺らす。 これは、あの男への想いだ……。 あの男は知っていた。ロッソがリンデルに恋焦がれていた事を。 その上で、いつもロッソを気遣ってくれたし、ロッソを信じてくれていた。 それなのに……。 私は、あの男の信頼を裏切ってしまった……。 ロッソが己の最低ぶりに言葉を失っていると、リンデルが苦笑しながら告げる。 「ロッソ、カースは思い詰めるなって言ってたよね?」 ハッと従者が長い後ろ髪を靡かせて顔を上げる。 「今度こそ、俺を愛してくれる?」 甘く尋ねられ、ロッソは驚く。 「まだ……私にチャンスをくださるのですか……」 「カースが許してくれたからね」 そうなのだろうか。 ロッソは男の言葉を反芻する。 乱暴をしたら許さないという言葉は、つまり、乱暴にしなければ許すという事なのか……? ロッソが戸惑うような瞳を主人に向けると、リンデルは優しく微笑んだ。 それから、少し困ったような顔をして告げる。 「まだ……足の付け根に感覚が戻らないんだ」 ロッソは慌てた。 それはつまり、この方は今まだ一人で立つこともできないのか。 よく見れば顔色だって芳しくはない。 こんな相手に、自分はなんという事を考えたのか。 「誠心誠意……愛を込めて、ご奉仕させていただきます」 ロッソは自戒し、主人のため尽くすと誓う。 主人への愛は、決して偽りではない。 それを今、正しく注ぐと心を定めてゆるりと腰を動かした。 バチバチと突き刺さる痛みを払うように、抜いてはまた差し入れる。 体ごと、太腿も、足の付け根も、全身で包むように。 私はこの方の正義に心酔している。 正しいと思う事を自分の心で判断し、それを貫く勇気を美しいと思う。 そして、それを力ではなく優しさでもって実行する、その姿をとても尊いと思う。 「ぅ……んぅ……っ」 リンデルの甘い声が漏れて、ロッソの内側が熱を持つ。 この方の力になりたい。 この方を、そばでずっと支えたい。 想いを込めて従者が腰を揺らすと、主人の肩がびくりと跳ねた。 「あぁっ……」 バチバチと貫かれるようだった激しい痛みも、パチパチと弾ける程度になってきた気がする。 「いかが、ですか……?」 「は。あ……っ、ロッソ、気持ち、いい……よ……っ」 うるりと潤んだ金の瞳が、真っ直ぐ縋り付くようにロッソを見つめる。 それだけで、ロッソは心乱れそうになる。 「脚は、動き、ますか……?」 ゆるゆるとした動きを止めないままに、尋ねる。 リンデルは試しに両脚を持ち上げると、そのままロッソの背を足で抱き込んだ。 不意に奥まで貫かれて、ロッソが声を漏らす。 「んっっ」 切なげな声に、リンデルは目を丸くした。 こんな可愛らしい声を、今まで彼から聞いたことがあっただろうか。 正直、薬を盛られていた時のことはあまりよく覚えていない。 ただ彼が何度も相手をしてくれた。 俺が果てるまで、何度も。 その時に、こんな声を自分は耳にしていたんだろうか。 もう一度聞いてみたくて、リンデルは腰を突き上げた。 「ぅあっ」 熱を滲ませた奥を再度犯されて、ロッソが小さな肩を震わせる。 「……ロッソの声、可愛いね……」 どこか愛しげに囁かれて、ロッソが途端に顔を真っ赤に染める。 ああ、そんな顔も可愛いな、とリンデルは思う。 両手を開き、ぐっと閉じる。体の調子を隅々まで確認する。 どうやら、十分動けそうだ。 「ロッソ、ありがとう。……もう、大丈夫だよ」 告げると、ロッソは嬉しそうに瞳を輝かせ、と思えばその黒い瞳にしょんぼりと影を落とした。 「それは、良かったです……」 リンデルは内心苦笑しながら、尋ねる。 「ねえ……、ロッソは、俺のが欲しい……?」 金色の青年が、どこか妖艶に微笑む。 ロッソは身体の中心に集まりつつある熱に浮かされて、縋るように頷いた。 「そっか。じゃあ……お礼に注いであげるね」 にこりと微笑むその金色があまりに美しくて、これからこの方にそれをいただけるのだと思うと、ロッソは全身が震えた。 リンデルは、ロッソの腰を押さえたまま、器用にくるりと上下を入れ替わった。 「ロッソは、痛いところはない?」 「は、はい……」 そっと組み敷かれて、ロッソはドギマギする。 前の勇者はロッソの顔を見たくなかったのか、いつも背後からだったし、この主人とは彼の体調が良くない時にしか機会がなく、自分が上に乗ったことしかなかった。 着痩せするリンデルの、見た目よりも太い腕に囲まれて。 上からリンデルのしっかりとした体躯が覆い被さってくる。 包まれるような、閉じ込められるような感覚に、ロッソは息が詰まった。 「そんなに緊張しなくてもいいよ」 笑い声のような響きで主人に柔らかく気遣われて、ロッソは申し訳なく思う。 緊張、しているのだろうか。私は。 言われてみれば確かに全身に入っていた力を、抜こうとするも、どうしてかうまくいかない。 「楽にして……? 優しく、するからね……」 ロッソは、主人に耳元で囁かれて、びくりと肩を揺らした。 背筋を熱が駆け上がり、ジワリと胸へ広がる。 ゆるゆると腰を揺らしながら、リンデルがその長い指でロッソの前髪を分けると、ゆっくりロッソの額へ口付けた。 「いつも、ありがとう」 少し照れるように、金色の髪を揺らして、青年は日頃の感謝を口にする。 たとえ愛する人へのそれでなくても、今のキスはロッソが初めて、主人から自分にもらったものだった。 「……っっっ!」 嬉しすぎて、ロッソは何も言えなかった。 顔が酷く熱い。きっと耳まで赤く染まっているだろう。 喜びに胸が詰まって、思わず口元を覆う。 じわりと、黒い瞳に涙が滲んだ。 リンデルは、口付けひとつで真っ赤に染まる、そんな従者を可愛らしく思う。 緊張で硬くなっていた内側も程よく解れてきたことを感じて、じわりと奥へ侵入する。 「んんっ……」 口を押さえていたせいでくぐもった声は、カースを思い出させる。 「ロッソは、奥が好き……?」 尋ねられ、ロッソが戸惑うように主人を見上げる。 「それとも、こっち?」 リンデルがぐいとロッソの腰を持ち上げると、角度を変えて、手前の浅い部分、ロッソのものへ続くあたりを突いた。 「んぅっ……」 じんと甘く広がる快感に、ロッソが切なく喘ぐ。 今までそんな、自分の体のどこが良いかなんて、聞かれたこともなければ、考えたこともなかった。 教えられていたのは、男性の悦ばせ方であって、自身が良くなる必要などどこにもなかった。 戸惑いを瞳に浮かべたまま、答えられずにいる従者の頬をリンデルは長い指で優しく撫でた。指先にパチパチと痛みを感じるのは、この従者がその分自分の穢れを引き受けてくれたからだ。 「分からないならいいんだよ、そんなに考え込まないで」 苦笑するようにリンデルは言うと、ロッソの口を覆う手を、自分の指で優しく絡めて外す。 反応がわかりやすくなったところで、手前の部分をぐりぐりと探るように突く。 「ふ、あ、っ、んんっっ、ぅ……」 次第に、突く度にびくりとロッソの腰が跳ねる部分を見つけると、そこを繰り返し突いた。 「あっ、ぁあっ、ぅぁっっ」 切なげな甘い声に、ロッソは思わず、もう片方の手で口を覆う。 こんな声が、自分から出て来るなんて、思ってもいなかった。 リンデルは下だけしか脱いでいないロッソの上着を外そうとして、首を傾げる。 「この服、どうやって脱がしたらいいの?」 「じ、ぶん……で、脱ぎます……っ」 上がった息の合間から必死で答えて、ロッソが服を脱ぐ。 ボタンの無い上着は、隠しホックになっていたのだなとリンデルはその慣れた仕草をぼんやり眺めた。 自分よりもひとまわり小さな手。 それなのに、自分よりいつも働き者で、サラサラと綺麗な字を書き、時にナイフを投げ、何くれとなく世話を焼いて俺を助けてくれた。 こんなに、十五年以上、ずっと傍にいたのに。 寝食も、戦闘も、全てを共にしてきたのに。 リンデルは、この従者の自分への気持ちを、今日初めて知った。 「カースは……知ってたのかな……」 「え?」 「ロッソの気持ち……」 ぽつりと零したリンデルの呟きに、ロッソは苦笑する。 「ええ、この方はとっくに……、お分かりだったようです……」 二人は、うつ伏せるように昏倒している男を見た。 その眉間には深い皺が寄せられている。 リンデルはそんな男へ今すぐ抱きつきたい衝動を、グッと堪える。 視線を戻し、ロッソのはだけた服の隙間へ長い指を差し入れた。 ピクリと小さく揺れる肩を、リンデルはそっと撫でる。 パチッと指先が小さく痛んだ。 カースは知っていた。 それでもロッソをあの家へ迎え入れた。 そして、あの質問の、答え……。 カースはとっくに覚悟をしてくれていたんだ。 カースは、ロッソごと、俺を愛そうとしてくれたんだ……。 リンデルは、自分の及ばないところまでも、カースが自分を思い遣ってくれていた事がたまらなく嬉しかった。 リンデルのそれがさらに熱を持ち、ロッソの中を優しく擦る。 同時に、リンデルの長い指がロッソの胸の突起を捏ね回した。 ゾクゾクと甘い感覚が、止めどなくロッソを襲う。 ロッソの内側がリンデルのそれをもっともっとと奥へ誘う。 誘われるまま、リンデルは奥へと深く沈み込んだ。 ロッソは両手で必死に口を押さえたが、くぐもった声は抑えきれずいくつもいくつも夜空へと溶ける。 「……そんな、にっ、気持ち、いい……? っ、よかっ、た……っ」 ぽた。とリンデルの汗がロッソの頬に落ちる。 誘われるように見上げれば、リンデルはその金色の髪を月光に煌めかせて、頬を桃色に染め、ロッソを愛しげに見つめていた。 愛されている。と感じた。 生まれて初めて。 自分は一人の人間として、今この人に、真っ直ぐ愛を注がれている。 涙が溢れて止まらない。 「ぁ……、あ……、ぁああっ……」 ロッソは滲む視界にリンデルの姿が霞むのが怖くて、震える両手を真上へ伸ばした。 最愛の主人へと。 「ロッソ……」 金色の瞳がゆるりと細められ、愛しげに従者の名を呼ぶ。 パチチっと軽い痛みとともに、ロッソの両手がリンデルの頬を包む。 リンデルはそれに応えるように、片手に頬を擦り寄せると、もう片方の手に口付けた。 「ぅ、ん、ぁっっっっ、ぁ、ぁぁぁぁぁぁぁぁあっっ」 びくりとロッソの体が跳ねる。 求める事を許され、応えてもらえた悦びに、ロッソの内側が強く主人を抱き締める。 もう二度と、離すまいとするかのように。 搾り取られそうなその快感に、リンデルがグッと眉を寄せ、囁く。 「ロッソ……っ、イクよ……っ」 収縮の最中にずくりとナカが強引に広げられ、快感がロッソの背を駆け上る。 ひとまわり大きくなったそれで力強く奥を突かれ、その度ロッソは仰け反り喘いだ。 「ぁっ、うぁっ、んんんぅぅぁぁああぁぁっっっっ」 まだこれ以上、快感を得られるというのか、身体はさらにそれを受け止めては反応する。 「ぁ、ぁぁぁっ、ぁっ、ぅぁぁぁっ」 ビクビクと痙攣する全身に、ロッソは身体の自由を奪われる。 と、一際奥まで突かれ、リンデルが動きを止める。 「ん、っぁああああっっ!!」 リンデルは喉をそらすと、青年らしい高い声を夜空へ上げ、達した。 熱いものがロッソの中へと勢いよく吐き出される。 「はっ、ぁっ、ぅぅんんっ、んんっ、ぁぁぁぁぁぁぁんっっっ」 ロッソは涙をボロボロ溢しながら、悦びに打ち震える。 内へ内へと痙攣する身体は、まるで愛する主人にいただいたそれを、一滴もこぼすまいとしているように思えた。 「ぅ……っ、ふぅ……っ、んっ……」 リンデルが軽く肩で息をしながら、ロッソを見下ろしつつ手の甲で汗を拭う。 リンテルの下で、ロッソは真っ赤な顔をして、まだ小さく痙攣を繰り返していた。 「……っ、ぅ……っ、んっ、ふ……っ」 その痙攣は、リンデルのものを大事そうに包んだまま優しく刺激する。 青年は、なんだか嬉しくなって、長い指でロッソの目にかかる前髪をそっと分けた。 同じ黒髪でも、カースの細くて柔らかい髪とは違い、張りのあるサラサラとした髪は手を離すとまた元の場所へ戻ろうとする。 それをもう一度掬って、持ち上げたまま押さえると、普段隠されがちな目元が月光に照らされてハッキリ見えた。 今は紅く色付いた白い肌も、どこまでも真っ直ぐな黒髪も、底が見えない黒い瞳も、綺麗だなとリンデルは思う。 「ロッソ……」 「……っ……」 止まない快楽に翻弄されていたロッソが、名を呼ばれ伏せていた瞳をなんとか上げると、そこには月光を背に受けてこちらを愛しげに見つめる主人の姿があった。 ロッソは、胸に湧き上がる感情をどうしたら良いのか分からず、切なげに眉を寄せた。 黒い瞳からほろりと一粒零れた雫を、主人は優しく指で拭う。 花のように微笑み、優しい声でリンデルは囁いた。 「ふふ。ロッソのナカ、まだビクビクしてるよ。……気持ち良かった?」 主人の他意のない言葉に、ロッソは激しく羞恥心を煽られる。 視線を逸らそうにも、ロッソはリンデルに前髪を抑えられていて、それを振り払うなど考えられなかった。 他に隠れるところもなく、ただロッソは目を伏せた。 耳まで赤くなってしまった顔も、恥ずかしさに滲んだ瞳も、全てを主人に暴かれている。 その事実が、ロッソの内側をさらに熱くさせる。 「んっ……っ、ぅ……」 きゅうっと優しく締められて、リンデルは小さく首を傾げて尋ねる。 「まだ感じてるの……?」 「……っ」 ロッソはどうしようもなく顔を真っ赤にして、ぎゅっと目を閉じる。 「ごめん。まだ今は戦地だから、これ以上はやめとこう……」 リンデルは申し訳なさそうに謝りつつ、体を起こした。 ずるりとそれを奥から引き抜かれて、ロッソは冷え冷えとした喪失感を感じながらも慌てて起き上がる。 時折肩を震わせながらも、懸命に主人のそれを拭いたり、着衣の世話を焼こうとする甲斐甲斐しい従者に、リンデルは背を丸めて耳元で囁いた。 「また帰ったら、続きをしてあげるね」 「!?」 ロッソが、囁かれた方の耳を押さえながら、驚いた顔で主人を見る。 主人はキョトンと毒気のない顔でこちらを見ていた。 もう、これが最初で最後なのだと覚悟した。 この記憶を一生忘れず、胸に刻んで生きてゆこうと思ったところだった。 それを、こんなにあっさりと覆されて、ロッソは混乱した頭を抱えて蹲る。 「え? ロッソ、大丈夫……?」 頭上で主人が焦りを浮かべている。 「……大丈夫では、ありません……っ」 「えっ、どこか痛……頭? 頭痛い??」 心配そうに、リンデルがロッソの頭をそうっと撫でる。 ロッソの頭の中は、もう先程の主人の言葉ではち切れそうだった。 ここから無事に帰還すれば……、私はまた、この方に、愛を注いでいただける……? それは本当なのだろうか。 俄かに信じられないほどに、それは魅力的な言葉だった。 「……本当に……」 「?」 リンデルが、ロッソの微かな言葉を聞き取れず首を傾げる。 「……本当に、村へ戻ったら、また……許していただけるのですか……?」 「うん。あ。カースが嫌じゃなかったら……」 そこまで言ってから、リンデルは長い指を口元に寄せ、考えるような仕草を見せる。 「んー。違うか。カースが、許してくれれば。だね」 言われて、ロッソは肩を落とす。 そんな事、聞くまでもない。 今回が特殊なケースだっただけだ。 私がもしあの男の立場なら、大切なこの方を誰にも触れさせたくないと思うに決まっている。 すっかりしょぼくれたまま自身の衣服を整えているロッソへ、リンデルは笑ってみせる。 「そんなにガッカリしなくても、多分大丈夫だよ」 リンデルの屈託のない笑顔に、ロッソは懐疑的ながらもほんの少しの期待をしてしまう。 「……それでは、なんとしても、無事帰還しなくてはなりませんね」 微笑みを返すと、リンデルも「そうだね」と笑った。

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