10 / 11
(10)鎖
リンデルは一瞬で状況を把握する。
魔物の数は膨大だった。
こんなにたくさんの魔物に囲まれて、ロッソは一人きりで戦っていたのかと思うとゾッとする。
「ロッソ、虫を狙え!」
リンデルの鋭い声に応えるように、傷だらけの従者は赤い雫と共に腕を振った。
選択肢は一つしかなかった。
「カースごめん! 本当に、っごめん……っっ」
無理を強いる自身への痛烈な自責を浴びながら、リンデルは奥歯を噛み締める。
「分かってる。お前が飛び出さなきゃ上出来だよ」
カースは笑うと、リンデルの頭をポンと撫で、前へ出た。
それはカースにとって最後の術となった。
蠱惑的に煌めく紫色に、たくさんの魔物が魅入られる。
まるで、美しいその人に見惚れるように。
術の完了とともに、カースの視界は真っ赤に染まった。
よく持った方だ。とカースは思った。
リンデルを守り切れた自身の眼を誇りながら、カースは膝を付いた。
この隙に剣を取っていたリンデルが、傷だらけのロッソを鼓舞しつつ、まだ向かってくる魔物へ剣を振り下ろす。
魔物は数が多く、後方で術にかかりきらなかったものも多く残っていた。
リンデルは、今朝よりずっと自由に動く肢体に支えられ、身軽に動き回った。
これも、カースのおかげだと、彼への感謝で胸をいっぱいにして。
なんとか魔物を生活範囲から追い出して、戻ったリンデルが目にしたのは、そのための犠牲だった。
息も絶え絶えに左眼から鮮血を溢す男が、地に横たわったまま、腕を伸ばして今にも泣き出しそうなケルトを宥めていた。
あとは任せた。と視線で告げて、男は目を閉じる。
カースに縋りつきたい気持ちを堪えて、リンデルはケルトの髪を撫でた。
ケルトは「俺は、大丈夫だから……カースを……」と滲んだ声で言った。
ロッソは自身の傷もそのままに、カースの手当てをした。
カースの浅い息が止まらないでくれることを、ただ皆が願った。
「主人様……申し訳ありません。私が勝手な行動を取ったばかりに……」
ロッソはこの事態を自分のせいだと思っていた。
けれど、リンデルも自分のせいだと思っていたし、ケルトだってそう思っていた。
「いや、ロッソはよく働いてくれたよ。俺達を守ってくれて、本当にありがとう。……今夜はゆっくり休んで……」
ロッソは俯いたまま、悔しそうに「はい」とだけ答えた。
その晩は皆、洞穴の中で休んだ。
ケルトは洞穴の中ほどに寝かされたカースの隣で横になった。
触れることを躊躇っていたケルトに、リンデルは眠る男の手を差し出した。
ケルトはその手を大事そうに胸元に抱き締めて、丸くなるように眠っていた。
カースは、穢れに当てられて倒れたわけではない。
術の使い過ぎで倒れてしまったのだと、分かっていても、リンデルは眠る男に触れるのをやめられなかった。
カースの髪をそっと撫でながら、これはただ、自分の不安を宥めようとしているだけなのだと気付く。
カースは、自分の求めに答えて、力の限り尽くしてくれた。
洞穴の隅で眠るロッソを見る。
彼も、あれだけの数の魔物を相手に、ひたすら動き回り、威嚇を繰り返し、俺達に近付けないよう命懸けで守ってくれた。
皆それぞれの出来ることで、全力で、俺に応えてくれた。
それなのに、俺はまだ自分がするべきことを成せていない。
彼を救うため、愛を注ぐために、ここへきたはずなのに……。
そう思いながら、カースの隣で眠るケルトを見る。
ケルトは、人恋しそうに、眠るカースの手を抱きしめて眠っていた。
ひとときも離したくない、そんな様子で。
カースの腕に頬を寄せて。
まるで、あの頃の自分のようだと、リンデルは思った。
………………ああ、そうか。
……そうだったのか……。
リンデルはようやく理解する。
彼は寂しかった。
人に、触れたかった。
人に愛されたかった。
それを為せる行為を、リンデルは一つだけ知っていた。
どうして気付かなかったのだろう。
彼の見た目がそれを気付かぬようにさせていたのか……?
けれど、リンデルは彼よりももっと幼い頃にそれを知っていた。
カースが教えてくれた。
優しく、愛を持って触れ合うことを。
その、幸せを……。
リンデルは辺りの気配を探る。
森は静かで、魔物の気配はおろか、生き物の気配すらなかった。
きっと、周囲の生き物は、さっきの騒ぎで根こそぎ魔物化してしまったのだろう。
眠るケルトに指を伸ばしかけて、ほんの少し躊躇う。
起きるのを待ってからが良いだろうか。
けれど、こういうことは、明るい日の下ではなく、こんな静かな夜にこそふさわしい気がした。
目を覚まさないようなら、明日にしよう。
そう決めると、リンデルはケルトの頬を優しく撫でて、囁いた。
「ケルト、俺と……」
そこでリンデルは言葉に悩む。
『えっちなこと』がしたいわけではない。
カースはあの日何て言ったっけ。
そうだ……。
「俺と、気持ちいいコト、しよう?」
リンデルの言葉に、ケルトはゆっくりと目を開く。
「ん……? リンデル……?」
まだぼんやりと目を瞬かせながらも、淡い緑色がリンデルの姿を映そうとしている。
夜中に起こされてもなお、その瞳には、信頼の色があった。
きっと、やっと見つけたこの方法も、出会ってすぐではダメだったんだろう。
カースとロッソが時間を作ってくれたからこそ準備ができた『とっておき』だったのだと、リンデルは思った。
「ケルト、おいで」
リンデルが膝の上へ少年を呼ぶ。
「んー……? ……こんな夜中に、どうしたんだよ……」
実際は、少年が言うほど夜は更けていなかったが、寝ていたところを起こされて、まだカースもロッソも寝ている状態を見たケルトはそう思ったのだろう。
文句を言いながらも、ペタペタと這ってきて、ケルトは素直にリンデルの膝の上におさまった。
「ふふ、可愛いね」
リンデルはそんなケルトを愛しく思う。
「はぁ? 子供扱いすんなよな……」
「うん、しない。……もう、子供扱いはしないよ」
「?」
意思のこもった言葉に、ケルトはリンデルを見上げる。
そこには、ケルトを一人の人として、真摯に見つめる瞳があった。
「ケルト……キスしていい?」
「……は?」
ケルトに唖然と聞き返されて、リンデルがもう一度尋ねる。
「ケルトに、キスしてもいいかな?」
「きっ、聞こえなかったわけじゃ、ねぇよっ」
ケルトは真っ赤になって俯く。
「じゃあ、答えは……?」
リンデルは、その長い指で俯いたケルトの顎をそっと捕らえると、優しくこちらへ向けた。
金の双眸に真っ直ぐに見つめられて、ケルトは頬を染める。
目を逸らそうと思っても、何故かできなかった。
「ダメ……?」
リンデルの瞳が悲しげに曇って、少年は慌てて答えた。
「だっ、ダメじゃ、ない……」
その返事に、リンデルは金の瞳をゆるりと細め、ゆっくりと顔を近付ける。
そっとリンデルの唇がケルトに触れて、ケルトは肩を揺らした。
あたたかい。とケルトは思う。
ほんの僅かに触れる唇ですら、リンデルはあたたかかった。
「……もっと、してもいい?」
そっと離した唇から、息を吐くようにしてリンデルは問う。
少年は、小さく頷いた。
リンデルの唇がケルトに触れる。
そっと、優しく。
次第に深く。
リンデルが舌先で少年の唇の形を確かめるようにゆっくりなぞると、少年はじわりとその唇を開いた。
侵入しようとして、リンデルはまた尋ねる。
「舌を入れてもいい?」
途端、真っ赤になった少年が「いっ、いちいち聞くなっっ!!」と喚いた。
「だって、ちゃんと聞いてからにするって、最初の日に約束したから」
リンデルに真面目な顔で返されて、ケルトは頭を抱えたくなった。
「もーいーよ! リンデルになら、なんでも許すから! もう聞くな!!」
リンデルがキョトンとした顔をして、それから、いつの間にか差し込んできた月光の照り返しを受けて、妖艶に微笑んだ。
「ふふふ。なんでも……、ね?」
ケルトは、その艶やかさに息をのむ。
リンデルの笑顔はもう沢山見ていたのに、こんな風に笑う顔を見たのは、初めてだった。
長い指にそっと頬を撫でられて、ケルトはびくりと肩を揺らす。
リンデルはケルトの耳をペロリと舐める。
「っ!?」
また肩を揺らすケルトに、リンデルはそのまま耳元で囁いた。
「心配しないで……? 優しく、するからね……」
「なっ……ん、んんっ」
一体何をするのかと尋ねようとした唇を、リンデルに塞がれる。
リンデルは、喋ろうとして開かれた口を覆うと、口内へ易々と侵入する。
「ぅ、むっ……っ、んんん」
まだケルトが何か言おうとしていたその舌を、リンデルの舌が絡め取った。
小さいな、とリンデルは思う。
舌も、口も、リンデルの知っているそれよりもずっとずっと小さい。
こんなに、小さかったんだ……。
リンデルの舌は、少年の口に全部入りそうにない。
それでも、少年はいっぱいいっぱいという風で、息を荒げ始めていた。
そっと、そうっと、少年の口の中を舌先で撫でる。
「ふ……ぅ……っ、ぅん……っ」
それだけで、少年の口端から飲み込みきれずに雫が零れた。
唇を離せば、少年は顔を真っ赤に染め、涙の浮かんだ淡い緑の瞳でリンデルを見上げる。
「おま……え……、何を……っ」
はあっと荒く息を吐く少年に尋ねられて、リンデルはもう一度微笑んだ。
「俺と、気持ちいいコトしよう……?」
「!?」
ちゅ。と音を立ててリンデルは少年の首筋へ口付ける。
びくりと肩を揺らしながらも、ケルトは必死で問いかける。
「お前っ、カースのっ、恋人なんじゃ、ねーのかよっ!」
リンデルは、ケルトの首筋に唇を落としつつ、嬉しそうな声で答える。
「そうかな……? うん。きっとそうだね……。ふふふ」
『恋人』という響きは、新鮮でなんだかくすぐったかった。
「じゃあこんなっ、う、浮気みたいなこと、すんなよっ!」
「それは違うよ……?」
ふわりと返されて、ケルトが戸惑う。
「ケルトのことも、本気だよ?」
「よ、余計悪いわぁぁぁぁぁっ!!」
ケルトの叫びに、ピクリ。と男の指が動いた気がした。
リンデルは、男の無事を祈りながら、ケルトの鎖骨に舌を這わせる。
体温のないケルトの肌は、今まで、どこを触れてもひんやりしていた。
それが今、確かにほんの少しあたたかくなっている、とリンデルは感じていた。
リンデルは少年の服の中へと手を差し込むと、それをスポンと抜き取った。
「わぁぁぁぁっ」
両腕で自身を抱き締めるようにして前を隠すケルトが、なんだかとても可愛くて、リンデルはまた口付ける。
「ケルト、可愛いよ」
「なっ、んっっ……っ。ん……っ、ぅんん……」
文句を言おうとしたケルトがまた口を塞がれる。
何度も何度も、角度を変えて唇を重ねるうちに、恥ずかしさと緊張で強張っていた細い体から力が抜けてゆく。
「ふ……、ぁ……、っ、……ぅん……、んっ」
その口内を優しく撫で上げ、そっと吸ってみると、ケルトはゾクゾクとその小さな背を震わせた。
「ぅ……ん……」
そしてまた少しだけ、その肌はあたたかみを増したようだった。
ようやく唇を離すと、ケルトは蕩けそうな表情で、はぁはぁと息を漏らしていた。
リンデルは膝を立て、軽い少年の体を持ち上げるようにすると、その露わになった肌へ舌を這わせる。
小さな肩は掌の中にすっぽりと入ってもなお余るほどで、その薄い胸板の小さな突起は、片手で左右を同時に撫でる事が出来た。
「ぁっ……、な、ん……っだ……これ……っっ」
突起を優しく撫で回し、立ち上がったところをくにくにと捏ねるように転がすと、ケルトは生まれて初めての刺激に戸惑いを見せていた。
「ふ、あ……あっっ」
びくりと腰が浮いて、ケルトの瞳が滲む。
同時にその肩の輪郭がぼやけて、リンデルが一瞬焦る。
胸を刺激していた手を離そうかと迷った瞬間、滲んだ肩をカースが撫でた。
「カースっ」
リンデルの嬉しそうな声に、ケルトがようやく肩を撫でてくれたのがカースだと気付いた。
「……カース……」
「怖がらせてどうする……」
ため息を吐くように指摘され、リンデルがシュンと反省する。
カースはケルトの怖れが落ち着いたのを見ると、俯きかけるリンデルの髪をポンと撫でリンデルと向き合うように腰を下ろした。
「ま。お前も最初はそうだったよ……」
カースが懐かしそうに森色の瞳を細めて、今も変わらない金色の髪を眺める。
カースの左眼は、まだ包帯の下に隠されていた。
「カースっ、身体は大丈夫か?」
ケルトがリンデルの上でぐいと体を捻って、カースの顔を見ようとする。
「まあな」と言葉よりも優しい声で答えたカースが、その口端をくいと持ち上げた。
「お前は、また随分と可愛い顔になってんじゃねぇか」
言われて、ケルトはカアっと赤面し、リンデルの膝にぎゅっとしがみつくようにしてその肢体を隠そうとした。
「こ、こ、こ、ここここれはそのののののええと……っっっ」
何に対して何を言い訳したら良いのか分からなくなってしまった少年が、ぐるぐると目を回すのを、リンデルとカースが同時に撫でた。
「当然、俺も交ぜてくれるんだよな?」
男がニッと楽しげに上げた口角から、僅かに八重歯が覗くと、それは途端に不敵で危険な笑みに見える。
「いいよね? ケルト」
反対側からはリンデルがにこりと、清々しいほど清らかに微笑んで、ケルトに同意を求めてくる。
まるで悪魔と天使に挟まれたようで、ケルトはただ頷く他ない。
カースは真っ赤になったケルトの頬を、優しく撫でる。
「俺が起きてきてよかったな。こいつは優しいやつだが、手加減が出来ねぇんだよな」
「えー。そんなことないよ」
「あるだろ」
「ないよ」
「ある」
「ないって」
「お前……、今まで俺が何回やめろっつったの無視したよ」
「ええ? そんなことあったっけ?」
まるきり自覚のない様子で首を傾げるリンデルに、カースががっくりと肩を落とすと、ケルトが声を上げて笑った。
「あれ? 笑われてる?」
「お前がな」
「えっ、カースじゃないの?」
「なんで俺だよ……」
ケラケラと笑い止まないケルトに、二人は目を合わせ、苦笑し合うと、穏やかに少年を見つめた。
----------
「指入れるぞ、力抜いとけよ」
カースに言われて、ケルトがびくりと肩を揺らす。
緊張に力が入った肩へ、リンデルが優しく口付けた。
「ふ……ぁ……っ」
愛の込められた口付けだけで、ケルトは背筋を震わせ声を漏らす。
二人にそれはそれは丁寧に、じっくり隅々まで愛撫されたケルトは、すでに蕩けきった表情になっていた。
肌も桜色に染まり、体温も人のそれへと近付きつつある。
リンデルに横抱きにされたケルトは、カースの方へ足を差し出している。
カースは少年の入口をゆるゆると撫でていた指を、じわりと中へと進めた。
「ん……っ」
少年が、その違和感に眉を寄せると、すかさずリンデルがその唇を優しく塞ぐ。
「ぅ、ん……んん……っ」
リンデルに口内を優しく侵されて、息が荒くなるケルトの中へ、カースの指がさらに侵入する。
「んんっ、ふ、ぁ……っ」
じわりとナカへと入り込まれる度に、ケルトの背を熱いものが駆け上った。
「んっ、んんっっ、ぅ、ん……っっ」
真っ赤になった顔でぎゅっと目を閉じるケルトから、リンデルがそっと唇を離す。
ぷぁっと息を吸い込んだケルトの口端から溢れる雫を、ぺろりとリンデルが舐めた。
「はぁっ、あっ、ぅあっ、あっっ」
ケルトのナカでゆるゆると動く指に合わせて、ケルトが切なげな声を上げる。
「もう一本入れるぞ」
十分解れたと判断したカースが二本目を差し入れる。
思わず力が入るケルトの体を、またリンデルが甘く蕩かす。
そうして二人がかりで、ケルトが痛みや恐怖を感じないようたっぷり時間をかけて、そこを解した。
「あっ、あっ、ああっ、ぁああっ、んんんっっ」
三本の指を飲み込んだケルトは、それが揺れる度、どうしようもなく甘い声をあげていた。
カースは、ケルトの感じる部分を探り当てると、そこを中心に刺激し続ける。
そうする間も、リンデルに優しく乳首を摘まれ転がされ、素肌を舐め上げられて、ケルトはもうとっくに限界だった。
けれど、未精通のままの体は、身体中に込み上げる熱を吐き出すことを知らない。
何度も何度も駆け上る快感に、ケルトは肩を震わせ涙を零した。
「も、もう……っ、気持ち、良すぎて……っっ」
話そうとするケルトに合わせて動きを緩めるカース。
それに倣って、リンデルも言葉を待つ。
「頭が……、どうにか、なりそ……だ……っっんんんっ」
ケルトの言葉に、カースがニヤリと口端を上げてさらに奥へと指を進める。
「怖がらなくていい、そのまま受け入れろ、……俺達が支えている」
男の低い声が優しく響く。
その振動すら、ケルトの体は敏感に感じてしまう。
「う、あっ、ぁあ、ぁっ……んっ、ああっっ!」
びくりと腰を浮かせるケルトの頭上で、リンデルが甘く囁く。
「ケルト、とっても可愛いよ……。もっともっと……もっと、気持ち良くなってね」
「んぅっ、っ、あ、んんっっ、ぁぁあ……」
ケルトが熱に浮かされたまま淡い緑の瞳でリンデルを見上げる。
これ以上……?
これ以上、気持ち良くされてしまったら……一体オレはどうなってしまうんだろう……。
ぼんやりとそう思うのが、ケルトの精一杯だった。
繰り返し繰り返し二人に煽られ続けた頭は、もう何かを考えられる状態ではない。
いつも冷たい、死体のような身体が、こんなに熱を持つことができるなんて。
火照った身体に翻弄されながらも、ケルトはどこか信じられないような気持ちでいた。
「ケルト……」
囁かれて、淡い緑の瞳がリンデルを見る。
「俺と、カースの、どっちが欲しい?」
何を尋ねられているのか、ケルトには分からなかった。
何かをくれようとしている……?
「リン、デル……」
ケルトは震える指先を、優しく微笑む金色の青年へ伸ばす。
「ん。優しくするからね……」
リンデルはその手を取ると、天使のように柔らかく微笑んだ。
カースが指を抜くと、リンデルがケルトの体の向きを変える。
その頃にはリンデルは下着を下ろし、それを露わにさせていた。
膝より高い位置に抱き上げられているケルトには、まだそれは見えていない。
リンデルに向かい合うように抱かれると、熱く硬いそれに入口が触れた。
「……?」
ぼんやりとした瞳が、その硬い何かを不思議がっているようで、リンデルはその可愛らしい唇に口付ける。
繰り返す接触にケルトの唇はほんの少し腫れていたが、それもまた赤く色付いて可愛いとリンデルは思う。
「半分くらいで止めろよ」
カースに言われて、リンデルは頷く。
あの頃確かに、幼かったリンデルの身体には、カースのそれはおさまりきらなくて、でも男は無理にそれ以上入れようとはしなかった。
あの頃から、あんなにずっと前から、男はいつもリンデルに優しかった。
リンデルは与えられたその優しさを、愛を、ケルトに伝えようと、その腰を自身へと引き寄せる。
「ふぁっ!?」
つぷ。とリンデルのそれがゆるゆるに解されたケルトの内へと入り込む。
「あっ、あっ、……ああああっっっ!!」
ケルトが何か信じられないことが起きたような動揺を浮かべ、目を見開く。
少年の内側は、あれだけ解されてもなお狭かった。
「ふ……、あ……、あ……、っ、ぅぁっ……、んんんっ」
これは体格の問題だと理解しつつも、リンデルはその快感に小さく息を詰める。
それまでよりも太く硬い感触に侵され身を縮めようとするケルトを、頭側からカースが宥めるように優しく撫でている。
「ぅん……、んんっ」
ケルトが漏らす甘い声を確認しながら、ゆっくりと時間をかけて、ケルトが辛くないように、リンデルはケルトの奥に当たるまでそっと挿し入れた。
コツ。と底をついて、ケルトがビクンと大きく跳ねる。
「ぅあぁあああっっ」
キュッとナカが締まって、リンデルもびくりと肩を揺らした。
カースの浅黒い指はケルトの首筋をたっぷり可愛がってから、鎖骨を弄び、胸元へと伸びる。
「痛くない……ね?」
確認するように、リンデルがケルトに声をかけると、ゆるゆると腰を動かし始めた。
「あっ、あっっ、ぁああっ」
カースに蕩かされ、リンデルに侵されて、ケルトは喘いだ。
二百年以上も生きていたが、こんなことは生まれて初めてだった。
「やっ、あっ、ああっ、ああぅっっ」
身体ごと揺らされ、内側を擦り上げられる度、ジンジンと身体の中心が熱くなり、意識は朦朧としてゆく。
ただただ気持ち良くて、良過ぎて、それ以外何も考えられない。
「あっ、ああん、んんっ、あぁああああっ」
どんどん昂められて、熱いものでいっぱいになって、何かが溢れ出してしまいそうだ。
「あっ、ぁあぁっ、な、何、か、っぁぁぁっっ」
リンデルがそれを察して動きを早める。
ビクビクと四肢が勝手に痙攣するのを、ケルトはもう止めることができない。
「ぁぁああああぁぁぁっっっっぁぅぅんんんんっっっっんんんんんんっっ」
ぎゅうっっと身体中の全てがリンデルに侵されているところへと集まるようで、声が止まらず、ケルトは涙と涎に塗れてリンデルの腕の中で溺れる。
「ん……っ。ケルトの中、ぎゅって、……っ気持ちいい……っ」
リンデルの言葉に、ケルトの胸へ喜びが溢れる。
俺の身体で、この優しい金色の青年が同じ想いになってくれたのかと思うと、同じ想いを分け合えているのだと思うと、感じたこともないほどの嬉しさが込み上げる。
それはケルトの感度をさらに上げた。
息が、全て嬌声に変わり消えてゆく。
息が吸えずに喘ぐケルトの唇を、カースがそっと塞いだ。
優しく空気を送られて、ケルトはまた嬉しくなる。
いつもケルトを愛しげに撫でてくれる男の唇は、リンデルより薄くて、けれど同じように優しかった。
そっと唇を離した男は何も言わなかったが、その森色の瞳は優しく潤んでじっとケルトを見ている。
こんな姿を見られている。と思わせるような雰囲気など微塵もない、ただ真っ直ぐに愛を感じる眼差し。
ケルトはそのあたたかい眼差しを全身に浴びた。
『愛してる』とカースに言われた気がして、ケルトは胸の熱さにまた喘いだ。
「ぅ、ぁぁぁぁんんんっっ!! んんっっ、も、、だ、めっんんんんっっ!!」
激しく収縮を繰り返すケルトの内にぎゅうぎゅうと絞り込まれて、リンデルが限界を感じる。
「俺、も……っ、イっていい……?」
何かを尋ねられて、ケルトは金色の青年に目を向ける。
リンデルはどこか苦しげだった。
何か、また自分のせいで無理をさせているのだろうか。
分からないながらも、ケルトが涙の溢れる淡い緑の瞳で頷けば、青年は苦しげに寄せた眉を少しだけ弛めて嬉しそうに笑った。
「っありがと。……ケルトにいっぱい、俺の愛を、あげるから、ね……」
その言葉にケルトは心が躍った。
さっきから感じていたこの感覚は間違っていなかった。
二人は今、ケルトに愛を注いでくれていたのだと、ケルトはようやく理解する。
嬉しそうに淡い緑の瞳が潤み、涙がまた一粒溢れる。
カースは、そんなケルトの様子にリンデルの説明不足を知り、若干頭が痛くなったが、文句は飲み込んだ。
ぐい、と腰を持ち上げられ、ケルトの頭が下がる。
カースはそんなケルトの頭を自身の膝に乗せてやると、そっと優しく顎のラインをなぞる。
小さな輪郭は、やはりあの頃のリンデルを思い出させた。
まだビクビクと痙攣に襲われては声をあげるケルトの内を、ぐんと勢いよくリンデルが突き上げる。
「あぁあああああああっっっ!!」
少年は受け止めきれない快感に喉も背も仰け反らせた。
リンデルは、より深く少年の奥を突く。
その度、喩えようもない快感が少年を襲った。
繰り返し嬌声をあげる少年の視点が定まらなくなって、カースはリンデルを見る。
リンデルは、その金色の瞳に溢れんばかりの愛を浮かべ、その奥に悲しみを隠していた。
カースはリンデルの意図を汲むと、少年を追い詰めるべくその手を開いて少年の胸を愛撫する。
「んっ、……イクよ、ケルト。俺の……愛……受け取って……っっ」
ケルトの中で、リンデルのそれがもう一回り大きくなる。
淡い緑色の瞳が大きく見開かれる。
どくんと確かに自分の内で脈打つ感覚と、熱い何かが注がれる感覚に、少年は止まない絶頂を迎える。
「あああああああああああああああああああああ!!!!!」
リンデルの愛は熱く、少年の全てを溶かした。
愛を知らなかったその心も、熱を失っていたまやかしの肉体も。
「リン……デル……っっ」
びくりと肩を震わせながら、荒い息の隙間から、ケルトが名を呼ぶ。
伸ばされた小さな手を、リンデルは両手で握り締めた。
「ケルト……」
リンデルの瞳は、もう悲しみを隠しきれなかった。
「そん、な、顔……っ、すんな、よ……」
ケルトは無理矢理苦笑を浮かべる。
「笑えよ……」
言われて、リンデルは微笑んだ。
どんな時にだって、笑えるように。
そんな勇者時代の努力が、こんなところで役に立つとは思わなかったが、リンデルはそれはそれは美しい笑みを浮かべることができた。
天使のようだと、ケルトは思った。
美しく輝く金色の瞳に、金色の髪。
「ああ、やっぱ、リンデルは……それがいいや……」
ケルトは、胸いっぱいのあたたかな気持ちにうっとりと目を細める。
生まれて初めて、満たされた気分だった。
ずっと足りないと思っていた、自分だけがもらえないと思っていたものを、彼らは惜しみなく注いでくれた。
なんだかとても眠い。まだビクビクと勝手に跳ねる身体は心地良かったが、疲れきっていた。
注がれた愛は熱く重く、心も体も蕩けて愛の渦へ沈み込んでゆく。
不思議と、怖れはなかった。
ただただ、幸せな気持ちに包まれて、ケルトは目を閉じた。
「ケルトっ」
「ケルト……」
二人の声が聞こえる。
けれどまぶたは重くて、もう目は開けられそうない。
リンデル、泣くなよ……。
オレが消えても、どうかお前は笑っていてくれ……。
カース……ありがとう。リンデルを慰めてやってくれよ……。
……お前と釣りしたの、すげぇ楽しかったぜ……。
先に逝かせてもらって、……悪ぃ……な………………。
少年の体がほんの少し軽くなる。
人を看取った事のあった二人は、それが魂の重みだと知っていた。
少年の体は、透けるように儚く揺れると、その端々から砂のように零れ落ちた。
リンデルがそれを押さえようとするのを、カースがそっと止めた。
「もういい」
「俺……っ。俺は…………ケルトを助けてあげたくて……」
リンデルの瞳から、涙の粒が溢れる。
その間も、少年の体だったはずの砂の塊は、サラサラと崩れ続けた。
「お前は立派に、あいつを助けてやったよ」
「違うよ、俺は……ケルトを幸せにしたかったんだ」
「……幸せそうに、笑ってたろ……?」
「違っ……違うよ。こんな……。こんな簡単な幸せじゃなくて、もっと……」
「あいつにとっては、こんな幸せだって、今までずっと手に入らなかったんだろ」
カースも分かってはいる。
リンデルが、こうなる可能性を分かった上でこの行為に挑んだのだと。
それでも、腕の中で崩れてしまった少年の姿に、リンデルが罪悪感を感じずにいられないことも、またカースには分かっていた。
腕の中の砂塊は、ついに全てがただの砂山へと姿を変える。
「っ、カース……っ」
ぼろぼろと溢れる涙をそのままに、悔しそうに歯を食いしばって、リンデルが男を見つめた。
男は、本当に、あのタイミングで目覚めることができて良かったと思った。
リンデルひとりに罪を背負わせずに済んだことが、少しでもその罪に加担できたことが、せめてもの救いだと思った。
二人は、少年だったものをかき集めると、風に飛ばされバラバラになる前に、穴を掘って埋めた。
その際リンデルは、ひと握り分のそれを、袋に包んでいた。
持ち帰るつもりなんだろう。
きっとこいつは、あの少年に、これから死ぬまでずっと、心のどこかを囚われて生きるんだろう。
それでいい、とカースは思う。
カース自身も、国を焼け出された頃には既に沢山の想いを背負っていた。
幾重にも巻きついた鎖で身動きが取れず、息をすることさえ苦しい日もあった。
何度全てを捨てようと思ったのか分からない。
けれど、人が人へとかける鎖は、ただ重く苦しいだけのものではなかった。
それをカースは幼いリンデルに教わった。
目の前で、出来立ての墓に黙祷を捧げる金色の青年を眺める。
その髪は後ろで括られ、括られた先は茶色に染まっている。
姿を偽らなくては移動すら難しかった、この青年。
きっとこの青年は、カースの知らない鎖を、それこそ数え切れないくらいに巻き付けられて生きているのだろう。
けれどまた、そうやって自分からそれを掴む。
全てを分かっているのだろう青年へ、男がかける言葉は何も無かった。
今はただ、リンデルの零す涙を受け止めよう。
そのためなら、いくらでもこの胸を使ってくれて構わない。
そう決めると、カースは、まだ疲労の残る自身の身体を励ましながら、リンデルと二人洞穴へと戻った。
ともだちにシェアしよう!