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比良本人いわく、恋人ナシ、柚木は教室でそう聞き知っていた。
女子高のお嬢様だとか、年上の綺麗系だとか、誰かしらと付き合っているという噂は出回ったのだが、当人に否定されてゴシップは毎回呆気なく消えていった。
(もしかしたらナイショにしてるのかも)
誰にも秘密の恋人。
きっと誰よりも大切にしている宝物なんだ……。
「んふふ……」
「ユズくん、さっきから比良クンのこと盗み見してはニヤけてる」
「怖い」
「ッ……おれのこと置き去りにしてイルカショーさっさと見にいった薄情な方々にあーだこーだ言われたくないです」
晴天の元、柚木は遠足を満喫した。
締め括りに遊覧船に乗船……は残念ながらプログラムに組み込まれておらず、デッキから船出を見送った後、二年生は貸切バスに乗り込んで帰路についた。
半数の生徒が自ら船を漕ぎ出した車内。
柚木が座席越しに窺ってみれば最後列の窓際で比良も珍しく俯いていた。
(いつもは背筋ピーンな比良くんだけど、さすがに疲れたのかな)
少しでもいいから体調がよくなっていればいい、崇拝する彼の回復を願った数秒後に柚木もこっくりこっくり、抗えない眠気に身を任せた。
「柚木、もう着いたよ」
「うーーー……まだ寝る……」
「風邪引くから」
「あっち行って、お母さん……」
「……」
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