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帰宅した柚木は自室のベッドに寝転がり、これまでじっくり調べたことがなかったマストについて、携帯で検索してみた。
「へー、この人もそーなんだ」
マストを起こした著名人の一覧がまとめ記事に掲載されていた。
寄せられたコメントは否定的なものよりも、肯定的で支持する意見の方が圧倒的に多かった。
「そりゃーそーだよ、才色兼備の美男美女ばっかだもん」
公言したアルファは他を抜きん出た能力の持ち主ばかりだった。
演劇・芸術・スポーツからビジネスまで、多岐にわたる分野の第一線で活躍する時代の寵児たち。
秀でたカリスマ的遺伝子がマストを呼び寄せるのか。
抑制剤が効かない、つまり人知を超えた<別格のアルファ>と謳われて、さらに人気が出ることもしばしば。
オメガヘイトに至っては偶像 扱いして神聖視する傾向にあった。
<サルベーション>と名付けられた抑制剤の誕生当時、オメガにまで回すな、アルファと同等の人権を与えるなと声高らかに叫んだ階層至上主義者。
比良のように<第二の性>の壁が崩壊して階級の位置づけがなくなることを理想とする者もいれば、アルファを頂点、オメガを最下層とする階層制保守派の者もいるわけだ。
***:オメガは子孫繁栄 の道具としてしか役に立たない
***:ヘイトやめろ。マストがもしもアルファじゃなくオメガに起こるものだったとしたら、徹底的に貶してバッシングしてたんだろーな、こーいうあんぽんたん
***:自分に都合がいいっていうか、歪んだものの見方しかできないというか、保守派はとりま石頭
***:おまいら。軟弱な自由主義 気取ってろ
***:おまいら。庇護欲きしょい軟弱アルファ?それとも実は■■オメガ?
本筋から脱線して荒れたコメント欄、オメガ性の男体を中傷するスラングを見つけて柚木は読むのを中断した。
「……ラッコ可愛かったなぁ……」
しばらく天井を眺めた後、ごろんと寝返りを打ち、また携帯を覗き込む。
数年前からマストに苦しんでいる、海外の映画祭でも受賞歴のある個性派俳優のブログを読んでみた。
ーー制限される活動。
ーー発作のように突拍子もなく襲いかかってくる、日常が呆気なく失われる、恐怖と隣り合わせの日々。
ーー夢が断たれるかもしれない絶望と常に闘っている……。
『柚木には感謝してる』
(保健室での比良くん、優しくて、しっかりしてて、冷静で、頼もしくて、いつも通りに見えた)
比良くんのことだからマストに関する情報はちゃんと知っていそうだ。
本当は不安と闘っていたんじゃ……?
『喰わせて、柚木……』
ぞっとするほどに獣めいていた比良が脳裏に蘇って柚木は新たに身震いする。
「なー、大豆、比良くんにほんとに食べられたらどうしよう」
「クーン?」
ベッドに連れ込んでいた飼い犬の大豆をハグして、バクリと試食されるかもしれない恐怖を紛らわせた。
週明け。
落ち着かない週末を過ごして登校してみれば。
「柚木、おはよう」
生徒用玄関で自分を待っていた比良に、柚木は、あわや腰が抜けそうになった。
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