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「土日はマストにならなかった。金曜日の放課後、あれきりだ」 「そうなんだ……」 (もしかしたら一回きりで、もうマストになんかならないかも) 勝手な憶測で比良をぬか喜びさせるのは避けたく、柚木は心の中でそうなるよう強く願った。 「突然のことだし、家族に言うのも心の準備がいるよね、うん」 スクールバッグの取っ手を握り締めて神妙に相槌を打つ。 顔を伏せがちなクラスメートのつむじを見下ろしていた比良は、ズボンのポケットからソレを取り出した。 「はい、柚木」 柚木はきょとんとする。 比良がグーにした手を胸元へ差し出してきたので、何かくれるのかと、とりあえず両手を翳してみた。 「え」 掌に落ちてきたのは二つのボタンだった。 「これって」 「柚木のシャツのボタンに間違いないか?」 「うん、そうだと思う」 「今朝、探してみたらすぐに見つかった」 「わざわざ探してくれたの!?」 「金曜日はあのまま帰ってしまったけど、週末ずっと気になっていたんだ。二つでよかったか?」 胸がいっぱいになった柚木は何度もコクコク頷いた。 「弁償はーー」 「そんなのいいよ! 安かったし……」 シャツにつけ直すのももったいない、このボタンは宝物にしようと決め、伏し目がちに比良へお礼を言おうとしたら。 「へっぽこオメガくん、邪魔」 ちんたら登校してきた谷にうなじをむにっと抓られてお礼の言葉はヒュッと引っ込んだ。 「ひ……! た、谷くん、くすぐったいからマジやめて」 「水族館は楽しめましたか。お前のことだから、前日はてるてるぼうず飾って全裸待機してたんだろ」 キャメル色のカーディガンを着用し、いやに軽いスクールバッグを肩に引っ掛けた谷は、頻りにうなじを気にする柚木を鼻で笑った。 「全裸で待機なんかするわけ……あれっ、谷くんが来たってことはもうギリギリじゃ!?」 柚木が青くなった矢先に校内に予鈴が鳴り渡った。 谷はさっさと先に行っており、てんぱるオメガ男子は慌てて比良に言う。 「比良くん、先に教室行っていいよ!」 「柚木はまだ行かないのか?」 (比良くんと一緒に教室に入ったら目立ってしゃーない) 「トイレ行ってくるから先にどーぞ!」 「オメガ男子用のトイレは一階にないだろ」 「まぁそーなんだけど、ほらほら、遅刻しちゃうから!」 ずっと握っていたボタン二つをズボンのポケットに入れ、比良の背中を両手で押して廊下へ進ませた。 「ボタンありがと!!」 何か言いたげだった比良は唇を真一文字に結び、柚木に言われた通りに三階の教室へ向かった。 (比良くんの背中にタッチしてしまった) 「……あったかい……」 触り心地抜群の広い背中にあてがった両手を重ね合わせる。 遅刻するまいと他の生徒が廊下を駆け抜けていくのを余所に、正に拝むポーズで、掌に残る温もりをのほほん噛み締める柚木なのだった。

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