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比良の余熱にしばし酔い痴れた後、正気に戻って全力疾走した結果、ギリギリ遅刻を免れた。
「あの党首から何もらったんだよ、ユズ」
朝のホームルームが終わるなり、大股でやってきた谷に問いただされて柚木ははぐらかす。
「党首って? 誰のこと? 政治家の偉い人? おれ、賄賂なんかもらった覚えないな〜」
「……」
「ッ、だから! うなじ抓るな~……!」
また鼻で笑った谷は柚木の机に腰掛けた。
お行儀悪く足を組むと、日当たりのいい窓際の後方が定位置になっているアルファのグループを顎でしゃくった。
「あのナルシスト党のトップ、清廉潔白リーダー気取った比良氏から玄関で何か受け取っただろ」
「えーと、ボタン」
「は? ボタン? 卒業式にはまだ早くねぇか?」
「第二ボタンってわけじゃないよ。それに比良くんはナルシストじゃないよ」
「なんでボタンなんだよ、何のボタンだよ」
(比良くん、アルファの人達に囲まれて、それぞれにしっかり受け答えして、やっぱりいつも通りに見える)
「水族館で何かあったのかよ」
(不安を抱えているかもしれない、恐怖心と闘っているかもしれない)
あのブログの俳優さんみたいに。
それを表に出さないで、あんな風に普通に振舞えるなんて、すごい。
(比良くんは強い)
おれにできることがあったら何でもする、そう言ったけど、果たしてあるのか、どうか……きっと何もない……正にお呼びでない……。
「無視すんじゃねェ」
「ひッ……だから、うなじはやめて〜〜……!」
柚木の願いも空しくそのときはやってきた。
二限目の現代文、小テスト中のことだった。
「比良クン、あの、具合悪いの……?」
後ろの席につくベータ性の女子生徒がまず異変に気がついた。
居眠りどころか頬杖だって突いたことがない比良が、深々と俯き、机の下に落ちたボールペンを放置しているのに途方もない違和感を抱いた。
声をかけられた直後、比良はゆっくりと崩れ落ちて床に倒れ込んだ。
クラスメートや教師までもが驚く一方で、朝から彼のことを常に気にかけていた柚木はすぐさま行動に移った。
(あれって絶対マストだ……!!)
「保健委員、行きます!!」
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