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保健委員は二人、片方は女子であり、柚木は自分一人だけの力で教室から比良を連れ出そうとした。
「ちょっと待って、彼には任せられない」
アルファ性の女子がすかさず進み出て、非力そうな保健委員に比良を委ねるのを拒んだ。
「大丈夫! 保健委員だから!」
柚木は躍起になって他の生徒が加勢に加わるのを拒んだ。
マストになったことを家族にも伝えていない比良のため、同級生に知られないよう、とにかく早く教室を出ようとした。
「もしも比良クンがケガしたらどうするの、貴方に責任とれるの?」
「却って邪魔だ、退け」
床に蹲ってきつく目を閉じている比良のそばへ、誰よりも先に駆け寄った柚木は運動部員のアルファ男子に引き剥がされそうになった。
「一人じゃなーんにもできないアルファがでかい口叩いてるの、うぜーです」
小テストを終わらせてイスに踏ん反り返っていた谷が大声で言い放つ。
「授業の邪魔でーす」
プライドがべらぼうに高い彼らは谷の発言が聞き捨てならず、あからさまに眉を顰めた。
「谷、お前こそでかい口を叩くな」
「アルファの面汚しのくせに」
ベータ性の教師と生徒はおろおろ、少人数のオメガ性生徒は我関せず、よろしくない空気にピンと張り詰めた教室。
その隙に柚木はまだ意識のある比良に肩を貸して廊下へそそくさ逃れた。
「……柚木……」
かなり上背のある比良の重みによろよろしつつも、歯を食い縛り、先に進む。
「また、目が痛いんだ……体も熱い……」
(マストが始まる)
どうしよう。
どこへ連れて行こう。
五秒間、迷った柚木は答えを導き出した。
「比良くん、保健室行こう」
(保健室の先生に必然的にマストを知られることになる、でも、こればっかりはしゃーない!)
マストに関する知識はおれよりあるはず。
よく生徒の相談にも乗っていて信用できる。
我ながら最高の最善策を思いついた、めちゃくちゃ冴えている、柚木はそう自画自賛して己を奮い立たせた。
どの教室のドアも窓も閉ざされて人気のない廊下。
階段に差し掛かると気合を入れ直し、急がない足取りで一段ずつ下りていった。
(大丈夫、行ける、いざとなったらおれが比良くんの下敷きになる……!)
「う……」
つらそうな声に柚木は動悸がした。
早く、少しでも比良に安心してほしくて気が逸り、じわりと冷や汗が出てくる。
「柚木……」
「あ、あとちょっと……うそです、今やっと二階の踊り場です、ノロマなスッポンでほんとごめん」
「逃げてくれ」
「え?」
比良が掠れた声で願ったのと、柚木が聞き返したのは、ほぼ同時だった。
「どこにも行くな」
赤い目を見開かせた比良が柚木の逃げ場を塞ぐように踊り場で壁ドンしたのは、その三秒後だった。
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