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5-1-火曜日
「比良センパイだ」
「朝から拝見できるなんて今日はツイてる」
「写真撮りたい、いや、動画におさめたい」
すっかり葉桜になったソメイヨシノが晴れ渡る空に枝葉を伸ばしている。
登校する生徒を追い越していく少し冷たい風。
開放された校門前に立つ比良の、整髪剤で軽く整えられた黒髪をいとおしげに一撫でしていった。
「比良クンが生活指導だったら五臓六腑までチェックされたい」
「でもさ、あれって誰かを待ってるよね?」
最初、視界に入ったとき、春の幻なのではと柚木は目を疑った。
そして、もしかしたらと、一つの予感を抱いた。
(おれのこと待ってるとかじゃないよね?)
昨日も玄関で待ってくれてたし、でもそれはボタンをおれに渡すためで、今日は特に思い当たることがない……。
柚木はどぎまぎしながら校門へ近づいていった。
壁にもたれるでもスマホを見るでもなく、姿勢正しく立っていた比良はすぐにクラスメートに気がついた。
「おはよう、柚木」
比良は颯爽と駆け寄ってきた。
柔らかな朝日に黒曜石の瞳を煌めかせ、新品の如きスクールバッグを肩から提げた彼は呆気にとられている柚木の前で立ち止まった。
「昨日はありがとう」
「は……はい?」
「俺の代わりに柚木がポスターを破った罪を被ってくれただろう? まだお礼を言っていなかった」
(んな大袈裟な!!)
他の生徒達が名残惜しそうに比良のそばを通り過ぎていく。
中には「おはようございます、比良センパイ!」と声をかけてくる女子生徒もいた。
「おはよう」
声をかけた女子生徒のみならず、近くにいた皆、非の打ちどころがないスマートな笑顔に見惚れた。
(と……尊い~……!)
もれなくその内の一人であった柚木だが。
背中に大きな手をあてがわれて心臓が飛び出すかと思った。
「今日は教室まで一緒に行けるか?」
屈んで覗き込まれ、目を見て問いかけられて、無意識にコクンと頷いた……。
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