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午後は特にこれといった問題もなく穏やかな時間が流れていった。
比良にマストの兆候は見られずに一安心して迎えた放課後。
「ユズ、コンビニ付き合えよ」
谷に誘われて学校から一番近いコンビニへ、ホットスナックを奢ってもらい、店頭で他愛ない話をして別れた。
飼い主とお散歩している飼い犬を擦れ違いざまに気にしつつ、二十分ほどかけてバス通りを歩き、自分の暮らす住宅地へ。
「ただいまー、大豆」
父親はまだ仕事、母親は医療事務のパートの日、バイトやサークル活動で姉の帰りは遅く、留守番していた飼い犬に出迎えられる。
手洗い・うがいを済ませた柚木は大豆を連れて二階の自室に移動した。
回転イスの背もたれにかけていた、いくつかのボタンが行方不明になって使い道に迷っていたネルシャツを手にとる。
(これはもう着ない、比良くんが見つけてくれたボタンだけ大切にとっておこう)
「あれ」
柚木は気が付いた。
なくなっていたボタンは三つだったことに。
(比良くんに見つけてもらえなかった可哀想な三つ目、どうぞ安らかにお眠りください)
「大豆、着る?」
「わんっ」
二つのボタンを勉強デスクの引き出しに仕舞い、オモチャとして飼い犬にネルシャツを与えた柚木は、自分で不器用に整えたベッドに浅く腰掛けた。
(比良くん、今日、家族にマストのこと言うかな)
授業中にマストになったんだ。
あんまりのんびりしていられない。
早いところ家族に報告して病院で検査してもらった方がいい。
(検査したところでマストが止まるわけじゃないけど)
柚木がブログを閲覧した、抗えない発情期に苦しむ、あるアーティストは言っていた。
ーー大切な誰かを傷つける前に拘束された方が……。
「そんなのやだ」
きっと比良くんは明日学校を休むだろう、柚木はそう思い、もうシャツをビリビリにしている腕白な大豆にか細く笑った。
「おはよう、柚木」
翌朝、校門で自分のことを待っていた比良に柚木は再び腰が抜けそうになった……。
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