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そのまま体育館棟を飛び出し、渡り廊下を抜けて本館へ、突き当たりにある保健室を目指そうとした。
しかし比良の足元がみるみる覚束なくなった。
危なっかしげによろけては壁にぶつかり、支えていた柚木も巻き込まれて体をあちこち打ちつけ、歩行が困難になった。
(これじゃあ、どっちもケガしかねない!)
「……」
ジャージの下から聞こえてきた動物じみた唸り声にギクリとした。
全体重を預けてくる比良に今にも押し潰されそうになり、寸でのところで踏ん張って、ちょっとずつ前進する。
「比良くん、ごめん」
柚木は行き先を変更した。
保健室より手前にある一階の男子トイレへ進行を変えた。
(これもうマストになってるかもしれない)
ほんとにほんとに悪いんだけど。
このままトイレの個室に閉じ込めよう。
さっきは寸止めで済んだけど、誰かに暴力を振るう前に一旦隔離して、マストが落ち着くまで一人でいてもらおう。
「比良くん、ここでちょっとだけ頭冷やそう!」
「ッ……ッ……ッ」
「ああっ、ほんとにガチでごめんなさい!!」
おっかない唸り声に怖気づいた柚木は、無人だったトイレの奥の個室へなるべく急いだ。
「おれはドアの前にいるからっ、比良くんが戻るの待ってるから!」
心の底から悪いと思いつつもフラつく比良を個室の中へグイグイ押しやる。
(あれっ、でも鍵はどうする!?)
マストの比良を猛獣扱いしているのが否めない柚木は切羽詰まっていた。
見落としていた盲点にようやく気がついたものの、時すでに遅し。
むんずと手首を掴まれ、瞬時に引き摺り込まれ、内開きのドアをけたたましく閉められて。
結果的に狭い洋式トイレの個室に比良と二人きりになる羽目に。
「ッ……」
頭に被せていたジャージがずれ落ち、赤い眼に真っ直ぐに見据えられて、柚木の体は金縛りに遭ったみたいに凍りついた。
(逃げられない)
肉食獣に捕まった小動物みたいに、そんなことを思った。
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