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のっぴきならない状況でありながら。 柚木は照れた。 マストになって殺気立ってはいるが、精悍な顔立ちを至近距離から正視するのは恐れ多く、刑事に尋問されている容疑者並みに目を泳がせた。 「あ」 スタンドカラーのジャージを首元まできっちり閉めた比良の、とある場所で、柚木の視線は緊急停止せざるをえなくなった。 (……比良くん、()ってらっしゃる……) 「……柚木、何でもするって俺と約束した……」 最早、どこに焦点を絞ればいいのかわからずに途方に暮れていた柚木は、おっかなびっくり目線を浮上させた。 「覚えてくれてたんだ……?」 (いや、でもちょっと待てよ) おれは普段の比良くんに言ったわけで、このマスト比良くんに言ったわけじゃあ……ああ、ややこしい!  「えっ?」 いきなり体の向きを変えられた。 ドアと向かい合う格好になって柚木は戸惑う。 比良が背中に密着し、服越しにお尻に当たったその感触にぶわりと発汗した。 (あ……当たっ……当たたたたたたた……!!) 「比良くん、ちょ、待って、これやばい、ほんとやばい、お願いだから落ち着いて、一旦離れーー」 大いに焦って、のべつ幕無しに動いていた口が比良の片手によって塞がれた。 「うるさい」 柚木の顔の半分を覆い隠した掌。 無防備なうなじに届いた唇。 粟立つ肌を舐め上げられた。 「!!」 えもいわれぬ刺激と緊張に体を張り詰めさせ、柚木は、咄嗟に自分の手でうなじを庇う。 嗜虐的な唇との間に壁をつくろうとした。 「勝手な真似するな」 比良の片手に両手ごと纏めてドアに(はりつけ)にされ、精一杯の抵抗は簡単に捻じ伏せられてしまった。 オメガにとって聖域であるうなじ。 アルファに噛まれたら<番>としての繋がりが成立する。 そんな大切な聖域を犯すように比良は口づけた。 舐め、啜り、食み、我が物顔で気が済むまで吟味した。 「っ……っ……っ……!!」 依然として口を覆う掌の下で柚木は短い悲鳴を滲ませる。 (噛まれたら比良くんと番になる……?) そんなことさせられない。 マストの暴走で、そんな勝手なこと、比良くんに申し訳なさすぎる。

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