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6-1-水曜日
「おはよう、柚木」
「おっ……おはよう、比良くん……?」
「今日もいい天気だな」
「そ、そうだね……?」
水曜日の朝。
ありふれた挨拶を至って自然に寄越してきた比良に対し、柚木は、春の幻なのではと再三目を疑った。
自宅の門扉を開けたところで放心している柚木に比良は首を傾げる。
「どうした? 大丈夫か?」
(比良くん、どうしてウチの前にいるんだろ?)
郊外に住んでる比良くんはバス通学だ、乗り降りするバス停からは離れてるし方向だって違う、偶然通りかかったとかじゃない。
月曜は生徒用玄関、火曜は校門、そして水曜の今日は家の前。
(そういう都市伝説があったよーな、どんどん近づいてくるってやつ……)
「柚木?」
「っ……えーと、比良くん、どうしてウチの前に? ていうか、おれのウチ知ってるの?」
ご近所さんや集団登校中の小学生に注目されている比良は真摯に答えた。
「柚木と話がしたかった」
ストレートな言葉は柚木の胸にズシリと響いた。
昨日、二限目の授業に遅れて出席して以降、視界から比良のことを締め出していた。
比良本体だけじゃない、トイレで起こった出来事からずっと目を背けていた。
休み時間、彼がこちらへやってきそうな素振りを見せれば教室の外へそそくさ逃げたりもした。
(どう考えてもおれの態度はハチャメチャに悪かった、それなのに、わざわざウチまで来て、学校までエスコートしてくれるなんて、比良くんは一体どこのスパダリ様……?)
家の中では飼い犬の大豆がキャンキャン鳴いていた。
立ち往生しているわけにもいかず、柚木は気後れしつつも比良の隣に並ぶ。
「行こうか」
「……うん」
(今日も学校行くんだな、比良くん)
もう聞かないけれど、家族に知らせていたら学校どころじゃないから、きっとまだ言っていないんだ。
(マストのことは、まだ二人だけの秘密……ってことかぁ)
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