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「熱があるんじゃないのか?」
心臓を震わせ、長い睫毛にまで見惚れて、不意討ちの密着に身も心も溶け落ちそうになって。
『淫乱オメガ』
柚木は昨日の密か事 を思い出した。
極上の温もりを誇る比良から慌てて距離をとり、出来損ないの笑顔を浮かべて「ごめんっ、用事があるから先に行く」とだけ言い残し、その場から駆け足で離れた。
(あんなにも優しい眼差しを注がれる権利、ない)
春めく陽気に包まれた朝の通学路を柚木は駆け抜けた。
未だかつてない恍惚感をマストの彼に教えられて<比良くん>に顔向けできずに、後ろめたさから少しでも逃れたくて、全力疾走した。
(月曜はキスしたらいつもの比良くんに戻った)
「おい、ユズ、いつにもましてへっぽこヅラしてんのな」
(昨日はキスだけじゃ足りないとか言って、しゃ……しゃせーするまで付き合わされた)
「次の四限、視聴覚室だぞ」
(なんだろ、行為がエスカレートしてるっていうか)
先週の金曜日はマストを抑え込んで自力で戻った比良くん。
でも、そう簡単には抑えられないくらい、マストの支配力が強くなっていってる?
性的なものを処理させないと戻らない仕組みとか?
「へっぽこオメガくん、無視ですか」
(そういえばどうしてウチの住所知ってたんだろ!?)
休み時間、クラスメートが視聴覚室へ移動を始めるのに対し、柚木は準備もしないで着席したままでいた。
ベータの友人らはさっさと教室を出、はぐれアルファの谷はからかいがてら声をかけ、上の空のオメガ男子に恒例のちょっかいを出そうとした。
スクールシャツの襟の下。
うっすら覗く赤い痕。
「これって虫刺されかよ?」
谷はいつものように抓るのではなく、指先で軽く触れてみた。
触れられた柚木は……過剰に反応した。
「や……!!」
不慣れな刺激に肌身を蝕まれ、反射的に両手でうなじを覆い隠し、見る間に赤面する。
(なんか変な声出た)
教室に残っていたクラスメートの一部に聞かれ、その中には比良もいて、羞恥心を湧き上がらせた。
「つ……抓んなってばぁ……谷くんのばか……」
これまでと違うリアクションに動じていた谷に悔し紛れに悪態をつく。
次の授業に関係のないテキストやノートを胸に掻き抱き、廊下へ飛び出した。
(虫刺され? ううん、違う)
気づかなかった。
マスト比良くんに吸われたところ、痕になってるんだ。
「あ。ペンケース忘れた……」
いつもはくすぐったいだけなのに。
マストくんに吸われて、おれのうなじ、おかしくなった……。
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