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「ほんとに誰もいないの?」
「いないって、大丈夫だろ、早く来いよ」
扉が細く開かれ、吹奏楽部の演奏と共に男女の会話が真っ暗な室内に流れ込んできた、次の瞬間。
「先客がいるんだよ」
比良が一切の躊躇もなしに鋭い声を上げた。
視聴覚室に入室しようとしていたベータ性の生徒は相当驚いたらしく「うわっ……すみません!!」とわざわざ謝ってきた。
踵を返し、廊下を慌ただしげに走り去っていく二人分の足音が聞こえ、五秒も待たずに独りでに閉まった分厚い扉。
柚木は爆音にも近い自分の心音を耳にしていた。
(……死ぬかと思った……)
身じろぎ一つできずにいた緊張感が引いていくと、自分を膝上に乗せたままでいる比良を小声で非難した。
「なんでっ、どうして声なんか出したんだよっ」
(普段の比良くんは声を荒げたりしないから、さっきのでバレる可能性は低いけど)
「廊下で待ち構えられてたらどーすんだよぉ……出るに出られないじゃんかぁ……非常識の破天荒めぇ……」
視聴覚室に誰が潜んでいたのか、気になった先程の男女が廊下で待ち伏せしているかもしれないと、柚木は不安になる。
(やっぱり比良くんは学校を休むべきだ、不本意なスキャンダルを起こす前にーー)
「うるさい」
耳元で罵倒されて柚木は不本意にも「んっ」と過敏に声を洩らした。
「見られると興奮するのか、お前」
「ち、ちが……」
「聞かれると勃 つのか? 濡れるのか?」
「変態っ……ていうか、なんで……っ」
(どうしてマストくんのままなんだ!?)
性的欲求を解消させ、てっきり<比良くん>が戻ってくるかと思いきや、依然として継続中のマスト。
戸惑っていたら、いきなり抱き上げられて長テーブルにお尻が着地した。
イスの倒れる音が暗闇に短く響く。
「ッ……やめ……」
自分の制服ズボンのベルトを外し始めた比良を、柚木は、咄嗟に止めようとした。
(……まだ足りないんだ……)
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