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8-1-柚木家訪問

「誰もいないんだな」 「うん。お母さんはパート、おねーちゃんはバイトとかサークルでいつも夜遅くに帰ってくる」 「お姉さんは大学生で教育学部だったか」 「ワンっ」 「ただいま、大豆、お客さんだよ~……」 (本当に比良くんがウチに……来た!!!!) もうすぐ夕方の六時、外は徐々に暮れ始めて晩ごはんの香りがどこからともなくしてくる住宅地の一角。 留守番していた大豆が初対面のお客さんに喜んで飛び跳ねているのを見、柚木はほっとした。 (吠えなくてよかった~、前におねーちゃんの彼氏が初訪問したときは吠えたんだよな~) 「大豆、はじめまして」 廊下に設置していた犬用ゲートを長い足で悠々と跨ぎ、リビングを訪れた比良は、しゃがみ込んで大豆に挨拶する。 「柚木にはいつもお世話になっているんだ」 「クーンっ」 (もうやだ、比良くんと大豆のツーショなんて無敵すぎて心臓溶けそう) それにしても、住所といい、おれ如きの家族構成まで把握してるんだな。 きっとクラス全員、ううん、学年全員分のデータが比良くんの頭の中に保存されてるに違いない。 「……あ! 比良くん、何か飲む!? お菓子かアイス食べる!? 豆大福もあるよ!」 甘えてくる大豆を両手で撫でていた比良は「どうぞお構いなく」とおもてなしを遠慮した。 憧れのクラスメートが自宅のリビングで飼い犬と戯れる光景に柚木の心はふわふわする。 現実味に欠け、非日常的で、白日夢でも見ている気分だった。 「よしよし。大豆は甘えん坊なんだな」 (あーーーー……尊いの塊……) 膝に乗り上がって擦り寄ってくる大豆に比良は笑いかける。 心臓がどろどろに溶けそうになっている柚木だが、実のところ、一つだけ懸念があった。 (今まで一日で二回もなったことは、ない) でも、もしも。 今日二回目のマストになったらどうしよう。 七時頃にはお母さんもお父さんも帰ってくる……。 「柚木は撫でないのか?」 「え? おれはいつも撫でてるから……」 柚木はリビングに入ろうとせずに廊下に突っ立っていた。 リビングのほぼ中央でしゃがんでいる比良と微妙に距離をとっていた。 「どうしてそんなところに立ってるんだ?」 どうしても気後れしてしまう。 品行方正で、高潔で、硬派で。 五月の化身のように清々しく凛々しいアルファは遠目から拝むのが一番だと思った。 (本来なら、おれなんかがそばにいたら駄目なんだ)

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