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8-2
「う」
柚木ははっとした。
マスト化を心配していた矢先に比良が急にその場に蹲った。
「比良くん、大丈夫!?」
肩に引っ掛けたままでいたスクールバッグを廊下に放り投げ、リビングへ駆け込む。
ラグマットに額をくっつけていて比良の顔は見えない。
ついさっきまで距離をとっていたはずが、柚木はぴたりと寄り添い、なだらかな肩を擦 った。
「目、痛む? 頭痛する? さ、さすがにリビングだとアレだから、二階のおれの部屋に……」
焦る飼い主を余所に、丸まった比良の背中に飼い犬の大豆がぴょんっと飛び乗った。
「あ! こらっ、大豆っ、めっ!」
柚木は無邪気にはしゃぐ大豆を大慌てで抱き上げる。
「おれやお父さんの背中はいいけどっ、比良くんの背中はだめでしょーが!」
「キューン」
「柚木、大豆を叱らないでやってくれ」
「でも比良くん! 比良くんの御背中に乗るなんて、そんな……あれ……?」
蹲っていた比良が起き上がり、マストの外見的特徴である白目の出血がないことに、その表情の穏やかさに柚木は拍子抜けした。
「マストになったフリをしたんだ」
緩やかに薄れてきた西日。
大豆に若干散らかされたリビングに舞う、グレーの抜け毛……。
「ごめん、柚木」
柚木は無言で首を左右に振る。
比良に背中を向け、懐でジタバタしている大豆をケージに入れ、落っことされていたクッションをソファ上に戻した。
「怒ったのか?」
「いやいや、そんなまさか……」
「理由は聞かないのか?」
「理由? 比良くんは無意味なイタズラなんかしないだろうし……きっと、それはもう大層な理由がおありで……」
(あちゃー、嫌味くさくなっちゃった)
だけど本気でびっくりしたし、焦ったし、心配したし。
マストのフリする理由?
おれ如きなんかにはちっともわからないーー
「淋しかったんだ」
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