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ソファの前で柚木はぎこちなく振り返った。
ネクタイの結び目を大至急想定し、精悍な顔よりやや下に視線を定めた。
「柚木は俺のことが苦手だろう」
ネクタイの結び目と想定した先には凹凸豊かな喉仏があり、それすら見るのに躊躇して顔を伏せた柚木は……耳を疑った。
「は……い……?」
「目が合ったら逸らされる。一年のときからずっとそうだ」
(はい~~~!?)
「俺がマストになってからは話してくれるようになった、でも、やっぱり目を合わせてくれない」
柚木は俯いたまま両目をヒン剥かせる。
すっかり見慣れたつむじを視界の中心に据え、比良は話を続けた。
「意識が一時的に遮断されて、目が覚めたとき。そばにいてくれた柚木はいつも素っ気なく離れていく」
「そ……素っ気なく……」
「マストの俺には膝枕してくれていたのに」
「床に寝かせたら、頭、痛くなるかなぁって……」
「俺に触られるのも嫌がる」
「えっ?」
「空き教室で俺が噛み痕を確認していたら、すぐに腕を引っ込めた」
「っ……だから、それは……」
(変なこと思い出しちゃって、比良くんに申し訳なかったから……)
逆だよ、誤解だよ。
ずっと拝んできたよ。
むしろ憧れてきたんだよ?
ご尊顔を直視するなんて恐れ多いんだよ、苦手だなんてそんな、大いなる勘違いだよ、比良くん……!!
「ッ……ッ……ッ」
頭の中では目一杯弁解しつつも何一つ言葉にできずに、柚木は限界まで項垂れた。
(……とてもじゃないけど恥ずかしくて本人には言えません……)
やり場のない自己嫌悪が込み上げてくる。
ベージュ色のベストを握り締め、返答に迷って、束の間の沈黙に押し潰される……。
「……もう帰るから」
比良のその声に柚木の心はぐしゃりと拉 げそうになった。
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