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「今日は無理を言ってお邪魔して本当に悪かった」
教室に気持ちよく響く挨拶、誰もが聞き惚れる滑らかな音読からはかけ離れた、色褪せた声色。
ケージの中の大豆を撫でる比良の横顔を窺い、柚木は酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせた。
(このまま比良くんを帰していいのか?)
片道一時間くらいの帰り道を淋しい気持ちのまま行かせるのか?
高級マンションのおうちに帰っても、淋しい気持ちのままだったらどーするんだ?
(でも、ずっと憧れてたなんて言えない、恥ずかしすぎる)
薄暗くなってきたリビング、目の前を横切ってスクールバッグを拾い上げた比良の背後に柚木は近寄った。
チェック柄のズボンにインしているブルーの長袖シャツを遠慮がちに握る。
「柚木? どうした……?」
(何か言わないと)
しかし、なかなか上手い言葉が見つからない。
不思議そうに見下ろしてくる比良に早く何か言わなければと焦った柚木は。
「誕生日おめでとう!!!!」
大豆がびっくりするくらいの大声で連休中に誕生日を迎えていた比良を藪から棒に祝福した。
「みどりの日が誕生日でしょ!? 五月四日! 元々は国民の休日! おっ、おめでとう!! 十七歳おめでとう!!」
本日、同級生や部活仲間からもお祝いの言葉をたくさんもらっていた比良は。
やたら「おめでとう」を連呼してくる柚木に、くすぐったそうに笑った。
「ありがとう、柚木、嬉しい」
色褪せていた声色を仄かな昂揚で弾ませ、悄然としていた面持ちを和らげてくれた彼に、柚木は思う。
(……後光が差して見える……)
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