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自分の頭を撫でようとして、逡巡している掌に気がつくと、柚木は思い切って胸の内の一部を伝えた。 「おれっ……比良くんのこと苦手じゃないよ」 「……無理してるんじゃないのか?」 「んなまさかっ……いやいや、ほんとに……断じて……あ……」 柚木の頭にそっと着地した掌。 自分と同じ黒髪だが、艶も質も違う、オメガ男子の天辺を比良は優しく撫でた。 「大豆の毛玉がついてた」 一つまみの毛玉を取り除いて微笑む<別格のアルファ>に柚木はまんまと視線を奪われる。 「それから、柚木、苦手じゃないのなら俺と連絡先を交換してくれないか……?」 いつにもまして丁寧な物腰でお願いされると、怖いくらい胸が高鳴って、比良にまで聞こえてしまうんじゃないかとソワソワした……。 「それじゃあ、大豆、また遊びにくる」 二人はメールアプリの連絡先を交換した。 ケージの中で構ってほしくて鳴く大豆に声をかけ、比良は玄関へ、柚木は見送りのために後をついていった。 「比良くん、そろそろ言った方がいいと思う」 手入れを欠かさない革靴に爪先を馴染ませた彼は、体ごと振り返って柚木と向かい合う。 天井に点された明かり。 玄関ドアのすりガラスは夕闇で塗り潰されていた。 「両親が忙しくて、なかなか話す機会がないんだ」 (比良くんのお父さんは確か大学の先生だった) ウチと同じで共働きなんだ、さすがにお母さんが何の仕事してるのかまでは知らないな。 だけどマストになってもう一ヶ月。 いくら何でも打ち明けるのを先延ばしにし過ぎなんじゃあ……。 「それに最近、学校がとても楽しいんだ」 「え? あ、そうなんだ……」 小学生みたいな意外な返答に柚木はちょっとまごついた。 (マストになったのに学校が楽しいって、どーいう心境なんだろ、よくわかんないな) 「柚木、よくわからないって顔してる」 柚木は素直に赤面した。

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