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9-1-美術室
その日は雨が降っていた。
「移動の五限ってダルくて堪んねぇわ」
「そだね」
「朝から雨も降ってっし気分が滅入る」
「正に五月雨」
「この湿気が吹っ飛ぶよーな爆弾発言かましてみろよ、へっぽこオメガくん」
「無茶ぶりが過ぎます、谷くん」
特別棟最上階の美術室。
昼休み中で予鈴はまだ鳴っておらず、絵の具の香る雑然とした室内にクラスメートの姿は疎らだった。
「来週のテスト勉強してる?」
柚木は木造の作業テーブルに着き、谷はその隣でお行儀悪く片頬杖を突いて足を組んでいた。
「全教科、ヤマはって前の夜に頭に叩き込む」
「さすが谷くん、おれには真似できない」
「で、早いところ爆弾発言ぶちかませよ」
「それまだ続いてたんだ?」
湿気もどこ吹く風でサラサラなパツキン頭を保つ谷に「爆弾発言って、例えばどんな?」と苦笑まじりに尋ねてみた。
「へっぽこオメガの柚木歩詩は、ナルシスト党の清廉潔白リーダーこと比良柊一朗氏とお付き合いしてますデス」
最近、ちょくちょくその手の話を振ってくる友人に柚木は肩を竦めてみせる。
「いい加減、否定するのも飽きてきたんですけど」
「最近のお前ら、どう考えても急接近ムードじゃねぇか」
「別に……おれは保健委員として動いてるだけだもん」
「よく二人揃って教室から消えたりしてるしよ」
カーディガンを羽織り、両耳に新品のピアスを光らせている谷の台詞に柚木は内心ヒヤヒヤしていた。
(谷くん、見た目はヤンキーだけど成績はアルファの中でもトップクラス、とにかく要領がいいんだよな)
<アルファの面汚し>とか、ひどいこと言われてるけど、生活面はともかく勉強面では中学の頃から何気に優れていたりする。
比良くんがマストだってバレるのも時間の問題だ……。
『お前のうなじ、俺に捧げろ』
(おれも性処理係として対応するのに限界の限界が近づいてきてる)
行為がエスカレートしていく<マストくん>の過激っぷりに柚木の身も心も悲鳴を上げていた。
それでも<比良くん>にとって不本意な番にだけはならないよう、うなじと本番だけは頑なに死に物狂いで守り通していた。
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