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「目障りだ」 比良はマストになりかかっていた。 普段の穏やかな物腰や表情はごっそり抜け落ちて、今は惜しみなく殺気立ち、鋭く険しげに眼光を尖らせていた。 予鈴が鳴り始める。 すでに美術室にいたクラスメートは瞬く間に張り詰めた雰囲気にざわつき、友達と話しながら入ってきた生徒は何事かとたじろいだ。 「比良くん、離そう?」 背もたれのない木製椅子に座っていた柚木は立ち上がる。 谷の腕を掴んだままでいる比良に懸命に呼びかけた。 (片目だけ赤くなってる、こんなの初めて見た) 密かに心臓をバクバクさせ、周囲に比良がマストだと気付かれないよう、柚木は彼を廊下へ連れ出そうとした。 「片方の目だけやたら赤いんだな」 着席したままの谷の言葉にさっと血の気が引いた。 「っ、きっと片方の目にだけゴミが入ったんだよ、比良くん、片目だけ閉じよーか! ほらほら、早く谷くんのこと離そう!? そっか、テスト前でちょっと気が立ってるのかなっ、廊下で頭冷やそっか!!」 しかし。 比良はなかなか動き出そうとしない。 谷の腕をギリギリと掴み、力を一切緩めようともしなかった。 「比良くん……」 言われたことを一つだけ守って、片目を閉じて片目で谷を睨みつけている比良に、柚木は思う。 (こんなカタチで周りに知られていいんだろうか) 比良くんの口から家族に伝える前に、クラスメートに暴力を振るおうとして、マストだってことが判明する? (そんなの、やっぱりだめだ) 谷は比良の手を振り解こうとせず、ただ訝しそうにしていた。 遅刻癖のある美術教師はまだ現れず。 柚木がどうしようと焦っているところへ、さらに焦燥を煽るような面子がやってきた。 「おい、谷、シュウくんに何かしたのか」 「比良クンを怒らせるなんて信じられない」 比良にべったりなアルファ性のクラスメートだ。 一斉に非難されても谷は平然と無視し、片目を閉じた比良に焦点を定めている、それが気に喰わない彼らは柚木に矛先を向けてきた。 「この保健委員絡みで揉めてるんじゃないだろうな」 「最近、目に余るのよね、このコの言動」 バレー部に所属する男子生徒の強靭な手が柚木の頭を軽く(はた)いた。 「下層のクセに視界に入ってくるな」 自分達から近づいてきておいて随分な言い草である。 理不尽な振舞が板についている彼らに、今さら四の五の言い返す気にもならない柚木であったが。 「おい、今、何した」 比良が瞬時に谷から標的を切り替えた。 バレー部員の男子生徒の胸倉を両手で鷲掴みにした。 「お前の一片(いっぺん)残らず皆殺しにするぞ」 かつてない激おこっぷりに柚木は口をあんぐりさせた。

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