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次の瞬間には相手の急所を仕留めそうな。
片目だけでも怖気を奮うほど殺気立った眼差し。
美しいまでに無慈悲な獣のような。
これまでに一度も見たことがない優等生の姿に殆どのクラスメートが恐れ戦いた。
動きを止めて、目を奪われた。
たった一人の生徒を除いて。
「こらっ、だめっ、待てーーーーー!!」
<マストくん>に唯一免疫があった柚木は彼の背中に飛びついた。
「待て待て待て待て!!!!」
大豆が人間向け高カロリーの食事を盗み食いするのを止めるときと同じ口振りで、彼の暴力性を制御しようと必死になった。
(マストくんに暴力振るわせるわけにはいかない!!)
五限開始のチャイムが校内に響き渡る。
鳴り終わるのと同時に美術室に教師が現れ、やはり優等生の豹変ぶりに真っ先に反応した。
「比良、どうしたんだ、何やってる!?」
比良は……縮み上がっていたクラスメートを解放した。
そして教師の方ではなく、背中に全力で抱きつくオメガ男子を見下ろした。
「う、わぁ?」
べりっと引き剥がし、そのまま肩を掻き抱いて美術室の外へ、せっかちな足取りで連れ出す。
胸倉を掴まれていた男子生徒はその場でへたり込んだ。
他のクラスメートは階層を問わず誰もが比良の背中を呆然と見送った。
立ち上がった谷だけは連れ去られていく柚木を目で追いかけていた。
「先生っ、すみません! 比良くん、具合が悪いみたいなので保健室へ連れていきま……っ……!!」
生徒と同じく立ち尽くしていた教師に、我ながら無理があると痛感しながらも柚木はかろうじてそう告げた。
(い、痛い)
縺れるような足取りで湿気た廊下を進まされ、危うく転びそうになって、恨みがましそうに頭上を仰ぐ。
(でも、よかった、誰かをケガさせるのは回避できた)
さっきのマストくんは片目だけで相手を抹殺しかねなかった。
あんなにも物騒だったの、初めてかもしれない……。
「噛ませろ、柚木」
柚木は耳を疑った。
階段途中の踊り場でいきなり羽交い締めにされ、鼓膜に直に注ぎ込まれた台詞に首筋を粟立たせ、振り返る。
うなじに噛みつく寸前だった、すでに両目とも赤く染まっていた<マストくん>と視線が重なった……。
ガリ……ッ……!!
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