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「痛 ッ……!!」
寸でのところでうなじを庇った手に噛みつかれる。
手の甲に歯列が突き立てられ、皮膚が裂けて血が流れ、鈍い痛みが生じる。
本気で聖域を狙ってきたマストの比良に柚木は本気で怒った。
「こっ、このやろっ……いだだッ、離せッ、噛むな~~……!」
(ウチの大豆だって、こんなひどいことしませんけど!?)
「狂犬ッ、猛犬ッ、調子乗んなッ」
「俺の番になれ」
「なるか、なれるかッ……なれないに決まってるだろ……!?」
比良は過激な口づけを止めた。
鮮血が滲む手の甲の噛み痕を尖らせた舌でなぞる。
柚木はすかさず手を引っ込めた。
涙ながらに<マストくん>を睨みつけた。
「柚木のうなじは俺のもの」
雨音のする踊り場で向かい合った二人。
「さわっていいのは俺だけだ」
「……勝手なこと言うな、マストくん」
「……」
「……あ、あんたは<比良くん>とはぜんっぜん違う、最早別人だから、今度からそう呼ぶ!」
目つきも顔つきも雰囲気も<比良くん>から一変していた<マストくん>は……笑った。
「俺の名前は発情期くん、か。悪くないな」
(もうこれ以上、バグるな、おれ)
乱暴で荒々しくて獰猛で、最初は怖かった、目の前にしたら逃げ出したくなった。
「お前にだけ呼ばれる、俺だけの名前」
意地悪で、スケべで、ドSで、大豆よりも手が付けられない駄々っ子で。
今だって噛まれた手が痛い、血が出てる、最悪だ。
(それなのに)
柚木はいつの間にか壁際に追いやられていた。
真正面に迫る<マストくん>が左右に両手を突き、即席の檻にすっぽり閉じ込められていた。
「番になれないって、誰が決めた、決めるのは俺だ」
視線すら捕らわれてしまう。
赤く濡れた眼に溺れそうになる。
「……違う、決めるのは比良くんだ、マストくんじゃない」
「そんなに俺と番になりたくないのか」
柚木こそ息の根を止められる寸前だった。
体だけじゃなく心まで<マストくん>に貪られそうになった。
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