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「は……離せ……この狂犬猛犬やろー……」 まるで躾のなっていない<マストくん>に手の甲と首筋をバクリされて、我が身に発生中のバグをどうにかしたくて。 柚木は即席の檻から抜け出そうとした。 が、逆に狭まった両腕。 とことん聞き分けの悪い彼に抱きすくめられた。 「嫌だっ、こんなの嫌だ……!」 頑丈な腕の中で足掻く柚木を目の当たりにし、すぐそばにいた谷は友人を助けようと比良の肩を掴んだ。 「俺にさわるな」 「お前もユズに触ってんじゃねぇよ、今すぐ離せ」 谷の手助けにより柚木を捕らえていた檻はやっと崩壊した。 しかし安心してはいられなかった。 「ッ……ちょ、待って待って……!」 比良が谷の首を片手で締め上げ、身長177センチの谷は負けじと両手で比良の胸倉を掴み、取っ組み合いを始めた二人。 「二人とも何してんの!? ケンカだめ!! 危ないってば!!」 顔面蒼白になった柚木が注意しても正に聞く耳持たず、どちらも互いを離そうとせず、睨み合うばかり。 (非力なおれじゃあ止められない、今すぐ先生を呼んでーー) 「う……」 渾身の力で締め上げられて呻いた谷に、柚木は、顔をくしゃくしゃにした。 「谷くんを離せ!!」 体格も力も何もかも敵わない比良にしがみつく。 中学時代から付き合いのある友達が苦しむ様に耐えられず、無謀にも止めに入った。 「やめろよッ、マストくんッ、谷くんにひどいことするな!」 決して華奢ではない首に五指を深々と食い込ませ、笑みすら浮かべていた彼は、柚木を見下ろした。 「早く離せ!」 離すどころか。 比良はさらに力を込めた。 「ッ……」 「谷くんっ……なんで、こんな……っ……マストくん、頼むから、もうやめ……っ」 「俺よりコイツがいいのか」 「は……?」 「むかつく」 このままでは埒が明かない、そう判断した柚木は<マストくん>の頬をパチンと叩いた。 叩かれた彼は露骨にむっとした。 イタズラを叱られた、こどもみたいな表情だった。 「むかつく」 もう一度そう言い、柚木の手を振り払う。 突き飛ばしたわけではなかった。 朝から降り続く雨。 教室や廊下、もちろん階段も湿気で滑りやすくなっていた。 「あ」 声を上げたのは<マストくん>だった。 よろけた拍子に足を滑らせた柚木は、声も上げられず、踊り場でバランスを崩した体は大きく傾いて、そのまま下へ。 階段から転落した。 「ーー……!!」 衝撃と痛みで意識が朦朧とする中、かろうじて柚木が耳にした呼び声は、誰のものだったのか……。

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