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『柊一朗がご迷惑をおかけしました』
あの日、病院に運ばれた柚木の元へ、家族よりも先に駆けつけたのは比良の親だった。
『柚木君、本当に申し訳ありません』
『いっ……いえ、そんな……お構いなく……』
副担任に付き添われ、仕事中だった母親の到着を病室のベッドで待っていた柚木は、ノックと共に現れた彼に度肝を抜かれた。
(この人……比良くんのお父さん……?)
滑らかな白肌に映える深黒の髪。
銀縁眼鏡の下には眦が深く切れ込んだ一重の双眸。
自然と色づいて見える唇。
斜め下に浮かぶホクロに目線が吸い寄せられる。
『柚木君のご家族はまだ来られていないのでしょうか?』
170センチ台半ばのスレンダーな体に纏う服はどれも黒一色、トレンチコートを脱いだ彼はベッドのそばまでやってきた。
『も、もうすぐ来ると思いま……いだだッ』
『起き上がらないで、どうかそのままで』
『す……すみません……』
『私は柊一朗の母親です』
(あ)
お母さんの方だったんだ。
じゃあ、この人もオメガなんだ……。
比良の母親である櫻哉 は、我が子が待つ学校よりも先に柚木の搬送された病院へやってきた。
比良にマストの兆候がある。
そばにいた同級生が階段から転落した。
学校からそう報告を受けた彼は柚木への謝罪を何よりも最優先にした。
(比良くんと話す時間もないくらい日頃から忙しいのに、後でわざわざウチまで来てくれた)
『わんっ』
『黒柴君ですか、外向的な性格のようですね、どうもこんばんは』
(比良くんには似てなくて、なんだろう、親切丁寧で綺麗な人だったけど、シリアスなドラマに出てくる頭のいい犯人みたいな……)
「おれさ、知らなかったよ、谷くん」
Mサイズのポテトをまだちまちまと摘まみながら柚木は言う。
「比良くんのお母さんもお父さんも、あの<サルベーション>の開発に関わったすごい人達なんだって、初めて知った」
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