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「う゛ッ」
「ユズくん、落ち着け」
「そりゃー、階段から落ちたんだから、ビビっちゃうのはわかるけど」
「いやっ、だからっ、あれは事故だったから……!」
ついつい大声を出して反論しかけた柚木は口を噤んだ。
「比良クン、学校来れるようになったんだね、大丈夫……?」
「高校生でマストって、あんまり聞かないよな……」
「何かいい対処法、見つかった……?」
アルファ勢は食堂へ移動しており、食事を中断して遠慮がちに自分を囲んだベータ性のクラスメートに彼は答える。
「まだ見つかっていない」
背中を向けていた柚木は胸を軋ませた。
久し振りに登校してきた比良に一安心する余地もなく、厳しい現実を突きつけられて遣る瀬無くなった。
ペットボトルのお茶を一口飲み、周囲に気づかれないようそっと深呼吸する。
意を決して、恐る恐る振り返ってみた。
(……比良くんだ……)
長袖のスクールシャツを腕捲りし、スクールバッグを肩から提げた比良は、以前と少しも変わらないように見えた。
「今日は家族と来てる。最初は母親が一人で来る予定だったんだ、でも、どうしても学校に顔を出したくて、同行するのを許可してもらった」
(ああ、学校がとても楽しいって前に言ってたもんなぁ、勉強とか友達とか、なんて充実したスクールライフ……)
入院中、マストにならなかったんだろうか。
なっていた場合、どうやって<マストくん>は封じ込められたんだろう。
(……お母さんから聞いてるとは思うけど、階段から落ちたとき、どうってことなかったって言っておこうかな)
救急車で病院に搬送されたものの、特に問題なかったことを比良に直接伝えようかと、柚木は席を立ちかけた。
比良と目が合い、向こうからすぐに逸らされると、中途半端な姿勢でかたまった。
気のせいなどではない。
明らかに視線を避けられた。
「ユズくん、食べないの?」
「残すんならちょーだい」
まだ少し残っていたお弁当を友達にせがまれて、上の空で渡し、柚木は机の上を力なく見下ろす。
『目が合ったら逸らされる』
(比良くんもこんな気持ちだったのかな)
こんなにも苦しくなるなんて、おれ、知らなかった。
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