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「てかさ、階段転落が事故だったとはいえ、ユズくんに何か一言くらいあってもいいんでない?」 「だな」 「タンコブもひどかったけど、首とか手とかも生傷あったしさ」 柚木は<マストくん>に噛みつかれたことを友人らには伏せていた。 「谷クンと会ったらどーなるんだろ」 「答え、ケンカ再戦のゴングが鳴る」 教室の隅っこ、自分のお弁当をこぞって突っついている友人らの会話に首を左右に振ってみせる。 「ゴングなんか鳴るわけない……」 ただし<マストくん>が目覚めたら、どうなるかわからない。 (どうして目を逸らされたんだろう) 一人一人に誠実に対応している比良の気配を背中で感じながら、柚木は、一瞬にして膨れ上がった(わだかま)りを持て余す。 「今から先生達と今後どうするか話し合う。俺としては学校に通いたい、だけどリスクが伴うから、まだどうなるかわからない」 ベータであるクラスメートはそれ以上踏み込もうとはしなかった。 励ましの言葉をかけられた比良は「ありがとう」と礼を言い、職員室に向かうからと廊下へ出ていった。 胸いっぱいに膨らんだ蟠りは二の次にして柚木は立ち上がった。 「おーい、あんまし無理するなよ」 「あくまでもユズくんは被害者なんだからな?」 自分を気遣ってくれた友人にうんうん頷いて彼の後を追いかける。 今にも雨が降り出しそうな金曜日の曇り空。 裏庭に生い茂る草木の匂いが鼻先を掠めていく。 「比良くん」 柚木に名前を呼ばれた比良は廊下の窓際で立ち止まった。

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