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「ッ……谷、この……クズ……」
「おー、こわ。口汚いねェ、女王サマ」
凄まじく激昂している彼女に小動物みたいにビクビクしつつ、柚木は隣の谷を肘で小突く。
「な、なんてことしちゃってるんだよ、谷くん」
「安心しろって。汚水じゃねぇよ。そこで汲んできた綺麗な水道水だ」
「ち、違くて……そーいうことじゃなくて……」
ざわつく野次馬を余所におどけてみせた谷は、急に真顔になると「アルファだからって、何言っても許されると思うなよ」と彼女に忠告した。
「次、またコイツに同じようなこと抜かしたら水ぶっかけるどころじゃ済まさねぇからな」
対峙するアルファとアルファにベータの生徒たちは圧倒される。
先月にマストとアルファの掴み合いを目の当たりにしていた柚木は、また自分を庇ってくれた友達に胸がいっぱいになった。
昼休み半ば、緊張感に張り詰めた廊下。
束の間の沈黙をあっさり破ったのは。
「職員室に行ってくる」
比良だった。
自分のすぐ背後で起こった一悶着に一切触れもせず、たったそれだけ告げて、制服ズボンのポケットに片手を突っ込んだまま二年生のフロアから去っていった。
廊下にいた皆、毒気を抜かれたというか。
ずぶ濡れの彼女も愕然としていた。
「俺のジャージ貸しましょーか」
谷が声をかけると、キッと睨み据え、ついでに隣にいた柚木も一睨みしてから自分の教室へ勇ましく入っていった。
他の同級生らも各々の教室へ戻っていく。
一悶着を目撃していない生徒は「なんでここ濡れてるの?」と不思議そうにしながら現場を通り過ぎていった。
「……誰か滑って転ぶ前に拭かないと」
柚木は廊下に設置されている掃除用具入れのロッカーから雑巾を取り出した。
「バケツはここにあるしな、ちゃちゃっとやるか」
谷は柚木が手にしていた雑巾をぱっと取り上げ、大雑把な手つきで濡れた辺りを拭き始めた。
(比良くん、怖いくらい素っ気なかった)
もしかしたら、おれ、マストくんに深く関わり過ぎたかな。
比良くんの中で、おれの存在自体がマストに結びついてしまって嫌でも思い起こすから、あまりそばにいてほしくないとか……、……、……。
「ふぇっ……くしゅん!!」
少しばかり水が引っ掛かっていた柚木はクシャミをした。
拭き掃除をざっと終えた谷はすっくと立ち上がると、カーディガンの袖でオメガ男子の濡れていた頭をゴシゴシした。
「……雑巾で拭かれるかと思った」
「そんなことしたら雑巾に悪いだろ」
「っ……なんだよッ!」
柚木が素直に憤慨すれば谷は笑った。
「お前、俺にしとけよ、ユズ」
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